　なぜかといいますと、この2年半の間、ちょうど新型コロナウィルス感染拡大が始まった2020年の初めぐらいから、新聞や雑誌、ネットでもジョブ型という言葉を目にしない日がない、毎日のようにいくつもジョブ型を論じたと称する記事が山のように出ておりました。こういうこともあって、私もこの2年半の間、あちこちでジョブ型について講演する機会が多かったのですが、正直言ってもう飽きました。

　毎回同じことを話すのですが、この2年半ほど、日経新聞をはじめとするメディア、あるいは人事コンサルタントや評論家の方々は、ジョブ型だ、日本の仕組は古い、世界はジョブ型に向かっている、と言っていますが、それは全部インチキだよ、うそだよ、ということをあちこちで言い続けてきたのです。毎回同じことばっかり言っていると、正直、こんなことばかり話していていいのか、という気がしないでもありません。

もう一つ言うと、毎回ジョブ型についてお話をする際に冒頭、どう話をするかというと、ジョブ型は古い、日経新聞やインチキコンサルタントがこれからはジョブ型だ、最新の新型商品だ、と言っているが、それはうそだと一生懸命話してきたのですが、どういうふうに古いのかということをきちんとまとまって話したことが実はあまりないのです。

　先ほど、私の著作の話がでましたがその本でも、最初のほうに「ジョブ型は古臭い」と、書きましたが、その話はその点について細かく突っ込んでおりません。それより今、世に氾濫している議論をいかに根本的に修正するかを一生懸命やっているわけですが、しかし、考えてみると、日経新聞を見て、あるいはコンサルタントの話を聞いて、これからはジョブ型だと思っている人には、まさにそういうレベルの話をする必要があります。

　この本ですが、非常に多くの人からタイトルが悪い、アベノミクスの解説みたいに思われるからこんなタイトルにしないほうがよかったのではないか、と言われました。そうなのかとも思いますが、編集者からいわれて付けてしまった。ただ、帯にはここにあるように労使関係の本です。労使関係について正面から書いた新書本は、実は最近ほとんどありません。ましてジョブ型、メンバーシップ型と絡めて労使関係の問題を論じた本は、他の著作より多く読まれてほしいのですが、残念ながら一昨年に出版されてからまだ重版の連絡がきていません。誠に残念ですが、いかに労使関係の本が今、日本で売れなくなっているという。それは半ば冗談ですが、この『働き方改革の世界史』という本は、実は労使関係そのものというよりは、労使関係に関する英、米、独、仏、そして日本の様々な名著を紹介しながらこの問題の淵源がどこにあるということをやや面白おかしい口調で説き聞かせる形で書いたものです。

　本日の講演は、一見、ジョブ型とかけ離れたような話に聞こえるかもしれませんが、実はそれはジョブ型を売り歩いている人たちの議論のほうが薄っぺらで、本当にジョブ型やメンバーシップ型の問題を議論しようと思うのであれば、少なくとも過去100年、200年ぐらいの近代社会の労働のありよう、労使関係のありようというものを深く突っ込んで考える必要があるということお話します。本当はもっといろいろなところでも話をしたいのですが、なかなかその機会がありませんでしたが、きょう連合総研さんからその機会をいただいたことを奇貨としてお話をさせていただこうと思っているわけです。

　まず、ジョブ型は古い、100年、200年の話。少し雑な言い方をしていますが、正確に言うとジョブ型は100年です。ただ、ジョブ型の元になるトレード型を含めると大体200年以上昔になります。200年以上昔、どこで始まったかっていうと、言うまでもなく、これは世界で産業革命を初めて起こしたイギリス。イギリスが産業革命の母国であると同時に、労働運動の母国でもあるということは皆さんもよくご存じのとおりであります。そして、イギリスで18、19世紀の頃から始まったイギリスの世界最古の労働運動のマニフェスト、何を目指し、どういうことをやっているかにフォーカスし、記したのが、ウェッブ夫妻の『産業民主制論』という分厚い本です。すごく分厚い本ですが、私なりのダイジェストを書いてありますので、興味があれば読んでみてください。

　イギリスで19世紀に確立した労働組合。英語で労働組合のことをトレード・ユニオンといいますが、トレード・ユニオン、トレードって何でしょう。トレードは、普通の英和辞典を引くと、商業とか交易と書いてあります。トレード・ユニオンは商業組合？交易組合？という感じがします。だけどそれが労働組合という意味です。実は、このトレード・ユニオンは労働者だけでなく、いわゆる使用者側の団体も含めてトレード・ユニオンといいます。トレードとは職業という意味です。ジョブよりも広い概念です。トレードのカテゴリーで集まった、いわば18、19世紀ぐらいであれば職人ですが、職人たちが同じ職業っていうことで集まってつくったのがトレード・ユニオンです。

　トレード・ユニオンは何をするか。collective bargainingをします。collective bargainingっていうのを英和辞典で引くと、団体交渉と書いてありますが、これを戦後日本の企業内組合が行う団体交渉と似たようなものだと思ったら、大間違い。これは戦前の翻訳の『産業民主制論』（高野岩三郎訳）では、collective bargainingは集合取引と訳しています。集合取引とは何かというと、労働力を売っている職人たちが個々に売買をしていると買いたたかれるので、団結して、談合している。これもこの本の中での訳語ですけども、人間労働力の購買価格をできるだけ高く引き上げ、そのためにcollective bargaining、集合取引をするわけです。

　集合取引をして何を決めるかっていうと、standard rate、標準賃銀率を決めるわけです。標準賃銀率を決めるとはどういうことかといえば、労働力の価格をこれ以下では売らないというのを決定するわけですから、これは別の観点からいえばまさにカルテルです。労働組合、トレード・ユニオンは、もともとはカルテルなのです。出発点がそれであったことを今の日本では全く忘れられていますが、実はここから始まったということを踏まえないとジョブ型は分かりません。

　19世紀のイギリスは、まだジョブになる前のトレードの状況ですが、このイギリスのトレードこそが20世紀のアメリカでジョブであり、今、ジョブ型の元になるジョブが確立するまでの労働世界の基軸であったわけです。そういう意味で、20世紀アメリカのジョブにも19世紀イギリスのトレードの発想は、脈々と流れ込んでいる。したがって、まずは19世紀イギリスのトレード・ユニオンのcollective bargainingから出発しないといけない。

　同じトレードに基づく労働組合は、大西洋を渡ってアメリカでも発展しました。19世紀から20世紀にかけて、アメリカでは、19世紀イギリスのトレード・ユニオンと同じような形で、いわゆる職業別の労働運動を進めていたのがサミュエル・ゴンパーズという人です。今、アメリカの労働組合のナショナルセンター、AFL-CIOですが、もともと19世紀以来、アメリカ労働総同盟AFLとういう組織があり、そこから20世紀前半にCIO、産別会議に分かれたが、戦後また合体してできたのが今のAFL-CIOです。

　ざっくり言うと、AFLは19世紀のトレード型、職種別の労働組合です。CLOはその後にできた産業別です。ゴンパーズはそもそも社会主義が大嫌いで、立法闘争より団体交渉が全て、というようなことを言っていましたが、彼が生涯をかけて、ある立法闘争を一生懸命やることになります。

　19世紀終わり頃にアメリカでシャーマン反トラスト法という、独占禁止法のような法律ができましたが、この法律を裁判所はもっぱら労働組合に適用したわけです。先ほど述べましたが、実は労働組合はカルテルです。これ以下の賃金では働かない、労働を売る価格を一定価格以下では売らないと主張しているので、まさにカルテルだと。これは、けしからんということで、19世紀末から20世紀初めにかけて、アメリカの裁判所は労働組合をトラストだと言って摘発していくわけです。この法律を変えようというのがゴンパーズの一生をかけた立法闘争です。

　1914年にクレイトン法にゴンパーズの標語である『人間の労働は物資又は商品ではない』という標語が盛り込まれた。これをゴンパーズは労働の大憲章であると絶賛したのですが、アメリカ最高裁でもめて、最終的に労働組合に適用されなくなるのは1932年、フーバー大統領のときのぎりぎりぐらいの頃です。ニューディール政策ぎりぎりの頃、ノリス・ラガーディア法でようやく転換します。今の日本で労働は商品ではない、とはどういう意味だと思いますか。それは要するに、労働はまさに商品ではない、市場で取引してはいけない、人間的な集団の中で行われるもの、という意味で捉えている人がほとんどだと思います。それは間違いです。労働は商品ではないという言葉も少し変ですが、要するに労働は、独禁法が適用される商品ではない、労働者自ら労働を売るときには独禁法とは言わずに、カルテルだろうがトラストだろうがいいでしょ、という意味なのです。

　ですから、ゴンパーズの活動は、まさに労働の価格をみんなで団結して高めていくこと、それを邪魔する反トラスト法を適用させないことが目的で、そのために労働は商品ではないと言い続けていたのに、太平洋渡った日本で、この言葉は全く違う意味に捉え続けているというのは大変皮肉なことだと思います。つまり、日本では、ジョブ型の元になっているトレード型の思想が全く理解されていない。

　次もアメリカの話です。セリグ・パールマンの『労働運動の理論』という古い本ですが、トレードからジョブに移っていくちょうど端境期ぐらいの理論を書いた本です。20世紀のアメリカの労働運動は、職種別のトレード・ユニオンから、産業別のレーバー・ユニオンに転換していきます。第一次大戦後の10年間ほど、アメリカの大企業はいわゆるウェルフェア・キャピタリズムという、日本型経営にも似た企業福祉主義を実践したことがあります。その後30年代にはニューディールでワグナー法ができる。そういう中でAFLとは違うCIO系の労働組合がつくり出したのがジョブ・コントロール・ユニオニズムです。

　ジョブ・コントロール・ユニオニズムは、実は20世紀のアメリカで生み出された、まさにジョブ型の労使関係システムというもののコアに当たる概念です。簡単に解説すると、ジョブ・コントロール、職務統制とは何かというと、二つほど源流があります。一つは、フレデリック・テイラーの科学的管理法、それから、いわゆるフォーディズムといわれる大量生産システム。これによって昔ながらのトレードはだんだん解体していきます。

　企業の管理単位としてジョブ、職務がだんだん成立してくる。これは経営者主体の動きだったのですが、それに対してCIO系の労働組合は、ジョブ・ディスクリプションによって明確にジョブを区別し、そのジョブごとに時間賃率を設定、かついわゆるアメリカの労働組合が作り上げたセニョリティルールによって、早く入った者ほど後から出ていくという、レイオフのルールを作る。このルールを労働組合が主導で確立する。だから、20世紀半ばにCIO系の労働組合がつくり出したジョブ・コントロール・ユニオニズムが実は労使関係論的にいうジョブ型の原点なのです。

　そして、CIO系の労働組合がつくり出したジョブ・コントロール・ユニオニズムのジョブは、トレードと何が違うかといえば、トレードは企業があろうがなかろうが、企業などとは関係なしに存在するのがトレードで、それに対してジョブは20世紀のアメリカの大企業で内部労働市場に一つ一つ明確にジョブがつくり出されていく。明確につくり出したジョブについて、労働組合がきちんとコントロールするという、企業内のジョブをコントロールする主体が労働組合。それが日本みたいな企業別組合ではなくて、産業別に組織されたレーバー・ユニオンであるというのが20世紀初頭につくり出されたアメリカのジョブ型の労働運動、ジョブ・コントロール・ユニオニズムなのです。実はジョブ型の話をするなら、最低でもここぐらいから出発しないといけない。

　ジョブ型でない世界も欧米にもあります。言い方が雑ですが、日本はメンバーシップ型で欧米は全てジョブ型。ある意味そうですが、そうでない面もいろいろあります。その中でも特に重要なのは、ドイツです。ドイツは彼ら自身もパートナーシップ型と呼んでいますが、メンバーシップ型と時々誤解をされる。共通する面がありますが、ある面では明確に違うところがあります。これもいくつかの本を紹介しながら見ていきましょう。

　まず一つ目、フリッツ・ナフタリの『経済民主主義』。これは戦前、ワイマール時代のドイツで出された、当時のADGB、今のDGBの前身に当たる労働組合の委託を受けて作られた報告書です。これが共同決定というものに代表される、いわゆる労使パートナーシップをマニフェストのような形で提示した、最初のものかと思います。

　もともとドイツの労働運動、社会民主党はマルクス主義政党でしたが、19世紀の終わりぐらいにベルンシュタインが修正主義を提起します。第一次大戦中にいわゆる城内平和ということで労使が協調します。大戦後に使用者団体と労働組合のトップ会談で、ワイマール型労使関係の原型がつくられて、産業レベルで団体交渉をして賃金や労働時間について決める。これがいわゆる労働協約システムです。

　一方で、企業内に事業所委員会を設けて、これが企業の中のことをいろいろ定めていくという労使協議システム、今日のドイツのデュアル・システムというものの原型がつくられたのが、実はこのワイマール時代です。これがナチス時代にいったん破壊されて、戦後復活し拡大していく。そういう意味では、今日のドイツのシステムというものの原点を見るという意味では非常に面白い本です。

　先ほど見た労使関係、労働運動のマニフェストは、ウェッブ夫妻の『産業民主制論』と何が違うかといいますと、民主制度の捉え方が違う。つまり、アングロサクソン的という言い方をしますが、ウェッブ夫妻の『産業民主制論』でいう民主とは、collective bargainingのことです。つまり、まさに労働力をマーケットで売り買いをする。そのマーケットで弱い立場にある労働者が団結して一定の価格を勝ち取っていく、取引条件を勝ち取っていく、これが民主主義だ、というのがアングロサクソン的な民主主義、産業民主主義という考え方です。ナフタリの経済民主主義は、もちろんこの経済民主主義という言葉自体がウェッブ夫妻の産業民主制というインダストリアル・デモクラシーに触発されてつくられた言葉ではありますが、しかし、単なる市場の民主主義ではなくて、いわば政治的民主主義とパラレルな民主主義。つまり、企業の中で生産活動に携わる者としてその意思決定にいかに関わっていくか、企業の中の意思決定に関わる民主主義。労働者が意思決定に関わる、そういう民主主義という意味も込めて報告書のタイトルを『経済民主主義』にしているわけです。ここが多分、アングロサクソン的な考え方とドイツの考え方の一番大きな違いだと思います。

　『経済民主主義』がいわば労働側のマニフェストだとすると、ドイツの場合、経営側もこれに対応する考え方を示しています。フィッシャーは経営学者であり、経営者はないのですが、彼の『労使共同経営』は、企業内の労使は一種の経営共同体という考え方を経営側の立場から打ち出した本です。

　経営者の立場からすれば、企業内の意思決定は経営の専権事項であって、労働者があれこれいう話ではないということですが、イギリスの経営使用者は特にそうです。労働はトレード・ユニオンとcollective bargainingして、決まった価格を受け入れるのは仕方がないが、会社の中のことについてあれこれ言われるのはとんでもないという発想がすごく強い。ところが、こういう発想を乗り越えるために、経営者と労働者を共同体のメンバーと考えるような発想が必要になります。そのキーワードがパートナーシャフト、英語でいうパートナーシップというものです。企業は従業員の生活安定を目指し、従業員も共同体のメンバーとして労働能率を高める。そのために重要なのが経営協議会、事業所委員会です。

　この辺が実にアングロサクソン的な発想と対極的です。一番対極的なのは実はアメリカで、ワグナー法、全国労使関係法によって、従業員代表制を許していないのです。それは会社組合という会社側による支配介入だとされてしまう。この影響で、日本の労働組合法にも支配介入という不当労働行為があります。

　アメリカがなぜそうなのか。1920年代のウェルフェア・キャピタリズム時代に、労働組合を嫌がった企業がそれに代わるものとして従業員代表制を作ったことがあります。むしろそれを否定するものとしてワグナー法が作られ、その上にCIO系の労働組合が発展していったということもあって、アメリカは結局、従業員代表制なきジョブ・コントロール・ユニオニズムになってしまった。なので、それが嫌な企業は、ユニオンによるジョブ・コントロールを受け入れるか、それともユニオンなんか徹底的にたたきつぶしてノン・ユニオンにするか二者択一になってしまった。

　ドイツ型のシステムの大変いいところは二者択一にしない点です。まさに企業レベルでは従業員代表とパートナーシップを図ることによって、産業別労使関係における集合取引が個々の企業の中の様々な課題に煩わされないで、純粋に労働の価格を、あるいは労働の条件を取引する、取引して企業のレベルで決めることができるという。逆にいえば、それゆえに労働組合の存在余地を確保することができたのではないかと思います。

　ジョブ型の話で、なんでこんな話をするかと思うかもしれませんが、ジョブ型は古臭いのです。古臭くて、こんなにいろんな問題がある中をくぐり抜けてきたものだということを分かる必要があるのです。そういうことを全然知らずに1ミリの浅さでジョブ型を論じているのは、本当に私は薄っぺらだと思います。次の話はパートナーシップなき企業内労使関係の苦悩というタイトルでイギリスから二つ、アメリカから二つほど本を紹介します。

　一つ目がG・D・H・コール。日本で労使関係について翻訳書が一番たくさん出ているのは彼だと思います。恐らくその中で最後に出た本ですけど、取り上げている人を見たことがないです。彼は若い頃、ギルド社会主義をガンガン主張していた人なのですが、晩年になって、パートナーシップについて著述するようになります。邦訳タイトルは『労働者－その新しい地位と役割』というタイトルですが、原題は『The case for industrial partnership』。労使パートナーシップの論拠というタイトルです。つまり、コールが最後に到達したのは、パートナーシップという概念だったのです。

　先ほど述べたように、イギリスの企業経営者たちの本音は、企業外部のトレード・ユニオンと集合取引をすることはやぶさかではないが、企業内の従業員たちと対等の交渉するのは絶対に嫌だ、という発想です。20世紀半ばを過ぎた頃に、まだイギリスの経営者はそんなこと言っているのか、考えを変えろと、言ったのがコールのこの本です。

　彼がそこに持ち込もうとしたのは、ある意味でドイツ的なパートナーシップの発想でした。そういう意味で、コールはウェッブ夫妻の後輩に当たる人で、ウェッブにおいては、産業民主制はもっぱらマーケットにおける集合取引だけを意味していました。これをまさに先ほど述べたナフタリの経済民主主義をもう一遍逆輸入したようなところがあります。政治的民主主義とパラレルなのです。企業内部の意思決定への参加、経営参加として捉え直したのが、むしろこの本だと思います。

　彼はここで、労働者というのをパートナーと呼んで、この訳書ではパートナーを共働者と訳していますが、労働者が単なる労働力ではなくて、パートナーになれば責任を自覚し、自分たちで選んだリーダーの下で働くコミュニティーとして、能率向上に努めていくことになるだろうと、大変いいことを書いています。ただ、イギリスはそういう道を進まなかった。むしろ、かつての監督者の権威もだんだん失われ、労働の職場は、労働者がろくに仕事もしないでいいかげんにやっても放置されるという、まさに今から半世紀前に英国病という言葉が大変はやりましたが、そのような状況になってしまうのです。

　そういう状況になったイギリスで、これを何とかしようと取り組んだのが、アラン・フランダース、労使関係の学者です。『イギリスの団体交渉制』は、1960年代にイギリスの労使関係がひどいことになっており、当時の政府がドノヴァン委員会を設置し、ドノヴァン報告書を出しますが、ドノヴァン委員会に提出されたフランダースの報告書がこの本の原型になっています。19世紀以来、企業へのトレード・ユニオンとの集合取引でやってきたが、それが希薄化してきた。これは産業の在り方、企業の在り方が19世紀から20世紀に進み、中小、零細からビッグビジネスになり、テイラー主義やフォード主義みたいなのものも入ってきます。そういう中で、事業所レベルで決めるべきことがだんだん大きくなっているにもかかわらず、それに対応していない。イギリスの場合、職場レベルの労働運動に携わっているショップ・スチュワードという職場委員が労働組合ときちんとつながりを持っていないので、トレード・ユニオンが企業の外のでかいところで何を言っても、それが職場のほうにはちゃんとつながっていかない、職場は無政府状態になってしまっている。

　そこでフランダースいわく、企業外部のトレード・ユニオンではなく、現実に会社の中で職場の実権を握っている従業員と交渉すべきだと主張するわけです。交渉単位は工場全体とすべきだとか、ある種、トレードからジョブへという発想とともにパートナーシップを入れるという話はないまぜになったような形での提言になってはいますが、やはり彼の提言も実現することはありませんでした。

　その後半世紀以上経過し、皆さんご存じのとおり、80年代から90年代かけてサッチャー、メージャーの保守党政権の反労働組合政策によって、労働運動は弱体化しました。結果的に、人的資源管理っていう発想がだんだん強まってきた。労働組合はこれにどこまで対応したのかは、90年代のブレアの時代に、パートナーシップを強調するようになったのですが、本当にそうなったかどうか、やや疑問であります。率直に言って対決型の労働運動も弱くなってしまった一方で、パートナーシップ型の労使関係も希薄なノン・ユニオン型の社会になってしまったというのが実態ではないかと思います。

　ここはむしろ、イギリスの専門家の人に話してもらうべきかと思いますが、その後、イギリスはEUから脱退してしまったので、今のイギリスは公共部門を除けば、まともな産業別の団体交渉はないと思います。では、企業別交渉しているかといえば、企業別交渉すらだんだん希薄化して個別交渉になっている。かつて200年前に世界の先頭を走って労働運動を始めたイギリスは、そこまでになってしまったのかなと感じます。

　一方、アメリカも大変でした。アメリカが作ったジョブ型がいかにうまくいかないか、という話をします。ジョブ型の話をするのであればこの話が一番必要です。先ほど見たニューディール時代につくり出されたジョブ・コントロール型の労使関係は、その後、いっときは威勢よく権勢を誇りましたが、だんだん落ちぶれていきました。

　『対決に未来はない－従業員参加の経営革命』という本はこのことが書いてあります。今から30年ぐらい前に出版されました。著者はブルーストーン親子ですね。お父さんのアーヴィングは、実はUAW、アメリカ自動車労組の副会長で、GM担当です。つまり、日本でいえばトヨタの労組の委員長みたいな人です。息子のバリー・ブルーストーンは労働経済学者。この2人の共著です。まさにUAWの副会長として、ジョブ・コントロール・ユニオニズムの真っただ中にいた人が、その欠陥をこれでもかこれでもかとあげつらって、ジョブ型の労働運動は駄目だということを一生懸命論じています。

　出版された92年は、日本的なシステムが大変素晴らしいと、日本でもアメリカでもいわれていた時期です。アメリカの何が駄目か、今でもよくいわれることですけども、労使関係は敵対的で、細分化した職務をがんじがらめの規則で縛り、つまり、ジョブ・ディスクリプションを細かく分けて少しでもそれをまたぐことは許されない。典型的な例として、監督がごみを拾うことも許されない。労働者は作るのが仕事であって、製品の品質には関心を持たない。こんなことだから、アメリカは日本に負けるのだ。これらの言葉がまさに30年前の感覚をよく表しているのですが、30年前の段階ではアメリカのジョブ型の労使関係はもう駄目で、日本を見習おうみたいなことを言っていたのです。

　ところが、アメリカはそういう方向に行かなかった。近づいてもいない。実はこの後にクリントン政権の下でダンロップを座長とするダンロップ委員会報告において、半世紀以上前のワグナー法を改正して、協調的労使関係を少しは容認しようと言ったのですが、AFL-CIOが猛反発して挫折しています。その後もアメリカでは繰り返しこういう試みはありますが、大体うまくいかない。21世紀になるとこれは皆さんよくご存じのとおり、日本型システムもまさに水に落ちた犬のようになります。

　結局、今のアメリカはどうなっているか。やはりノン・ユニオン型のジョブ型社会、つまり、ジョブ・コントロールなきジョブ型社会に落ち着いた。ジョブをつくり、中身を定義していますが、それをやっているのは労働組合ではなくてヘイコンサルタントのような人事コンサル会社で、今の日本でジョブ型と言っている人の目に入っているのは多分これでしょう。

　ジョブ・コントロール、ジョブ型社会をつくり出したジョブ・コントロール・ユニオニズムがほぼ崩壊して、その後の荒野となった世界でコンサル会社がジョブを商品として売っている世界。これがジョブ型だと思われている。それはまだいい方で、日本型のジョブ型とか訳の分からない話もある。日本でまだまともなジョブ型を売り歩く人たちの念頭にあるのは、実はこの最後のアメリカのところです。これがジョブ型だと考え、日本もこのジョブ型にしようという議論をしている。それは確かに、今のアメリカはそうなっているので、全くうそではないのですが、そこだけでジョブ型を論じるのは、少なくとも労使関係の本来の歴史を考えたら何を言っているのか、ということになります。

　アメリカはもう一つ面白い話があります。サンフォード・ジャコービィ先生の名著『雇用官僚制』という本は、メインストリームの歴史を描いていますが、これに対してメインストリームではない、いわば裏街道、20世紀アメリカのジョブ型社会の裏街道を歩んだいくつかの会社が描かれているのが、『Modern Manors（会社荘園制）』という本です。

荘園とはどういうことか。まさに封建的な共同体みたいなものです。これはニューディールが始まる前の1920年代に一世を風靡した、いわゆるウェルフェア・キャピタリズムが生き残ったものです。ほとんどのウェルフェア・キャピタリズムはつぶれてしまいますが、いくつかほそぼそと生き延びたものがあります。そのいくつかの会社を描いていますが、一番面白いのがイーストマン・コダック社です。

　このコダック社の人事労務の歴史を見ますと、日本的メンバーシップ型とよく似た協和主義、まさに企業をコーポラティズム的な共同社会に作り上げようとしていたということがこの本から分かります。この本が出版されたのが1997年ですが、この頃は、既にコダック式のメンバーシップ型がうまくいかなくなりつつあった時代で、その後、コダック社は倒産します。ジョブ・コントロール・ユニオニズムはいかに駄目かということを言って、その裏側でメンバーシップ型のアメリカ企業がずっと雌伏していたが、やがて復活して、素晴らしいだろうと言った途端にポキっと折れてしまう。こういう話が実はイギリスでもアメリカでもずっと続いたわけです。だから、ジョブ型の話は明るい話ではないのです。

　もう一つ、フランスの話。ほとんど知られてないと思いますが、エドモン・メールの『自主管理への道』。エドモン・メールは、CFDTの書記長を20年間勤めた人です。フランスでは、長い間共産系のCGTが一番大きい組織でした。今はCFDTのほうが大きくなりましたが、もともとカトリック系のCFTCがあって、そこから分かれ、変身してCFDTという民主労組ができました。

　民主労組CFDTは共産主義でもなくカトリックでもない。何を掲げたかといいますと、自主管理思想です。自主管理とは、企業の歯車ではなく、まさに企業の主体である労働者です。フランスは他のどの国よりもエリート主義、グランゼコールを出た若者がそこに管理職としてやってきて、全部の指揮命令するという、そういう世界です。

　そのような現場を知らないエリートたちではなくて、現場の労働者が企業経営に携わるような社会であるべきで、それが労働者自主管理だと主張したわけです。この本の中で、このようなセリフがあります。「社会主義とは資本家の社長を社会主義の社長に置き換えることではない。労働者たちが自分自身のために自分自身で行政を行い、自分自身で方針を立てることだ」。

　これはやはりフランス社会ならではだと思います。学歴がそのまま職業資格として権威的な指揮命令関係を正当化し、そもそも労働組合もなかなか企業内に入り込めない。ミッテラン政権時にオルー法で無理やり組合の支部を企業の中につくらせるというようなことをしましたが、フランス型の労働社会だからこそ、そのアンチテーゼとしての労働者自主管理が掲げられたのだろうと思います。

　実は、日本も今から半世紀前、70年代に自主管理が論壇の一部ではやったことがあります。ユーゴスラビア、あるいはフランスの自主管理運動がはやったということもありますが、論壇でインテリが論じているだけの世界です。それとは掛け離れたところで日本の職場、現場では、全く別の自主管理（JK）運動を実施していた。大変面白いことです。要するにフランスだからこそ自主管理が反体制的なスローガンになりますが、日本ではむしろ経営者のほうが労働者に対して「経営者のように考えろ」と言って無理やり自主管理させる、こういう国であると。いろいろな意味で面白いところがあります。

　最後は日本についてです。これまでも述べてきましたが、ジョブ型は今日本で論じているような単純な話ではないですし、逆に日本のメンバーシップ型も薄っぺらにジョブ型を売り込もうと人たちが思っているほど単純なものではない。戦時中、終戦直後に由来する長い歴史がありますし、ジョブ型・メンバーシップ型といえば、企業の人事労務という表層的な話だと思う人もいますが、ある意味で人間がつくり出す社会のありようの根幹に関わる話であると理解していただく必要があります。

　まず、紹介したいのは、沼田稲次郎の『現代の権利闘争』です。1960年代に出版された本です。彼はかなり左翼的な労働法学者で、主張については現代では通用しないと思いますが、この本の中で終戦直後の日本の労働運動に携わっていた労働者の感覚がどういうものであったかについて、非常にクリアに書かれています。

終戦直後にGHQが命じて作られた労働組合ですが、GHQが想定したものとは全く似ても似つかぬものが出来てしまった。基本的には戦時中の産業報国会から上層部、経営陣を排除してつくられた労職混合、ブルーカラーとホワイトカラーが混在した企業別組合で、上層部を排除したといっても、排除されたのは本当の経営陣だけで課長クラスはみんな入っていますし、部長クラスも結構入っていたりしました。場合によってはむしろ管理職クラスが労働組合を主導していた。ここがすごく面白いところで、最も経営層に近い管理職が主導する終戦直後の労働運動が、戦後労働史の中で最も急進的な闘争を繰り広げたのです。

　どのような急進的な闘争を繰り広げたか。ストライキなんていう生ぬるいものではないです。生産管理闘争をやります。生産管理闘争って何か。要するに企業経営者を排除して組合主導で工場や事業所を自主的に運営することです。東芝争議や東宝争議などをはじめ、日本中のあちこちでたくさん実施されました。しかし、管理職主導の労働組合が経営陣を排除して自分たちで運営していることは、課長や部長が労働組合のリーダーとして企業を運営しているわけで、単に社長室に社長がいないということですから、外から見たら何も変わっていない。生産管理闘争は、ぱっと見、生産管理闘争をしているのか、企業は普通に経営しているのかよく分からない。だけど、ある面から見れば、これは恐らく当時の労働組合の主観で見ますと、まさにこれは労働者階級が資本家の手から生産手段を奪い取って、自分たちの力で生産活動を遂行するという工場ソビエト（ロシア革命時に自然発生的に生み出された工場労働者の組織。「すべての権力をソビエトへ」というスローガンを掲げた共産党が権力を握ると名称は国の名に出世したが、実態は潰された。）という意識もあったのではないでしょうか。

　当時、共産党が非常に強かったので、これがもし共産革命であれば、工場ソビエトが全ての権力を掌握することになりますが、日本ではそうはならない。個々の企業の中で工場ソビエトのようなことを管理職クラスの労働組合が実施していることは、実は外から見たら何も変わらない。外から見たら何も変わらないだけではなくて、ここが重要ですが、沼田稲次郎という左翼的な労働法学者が、当時の当事者の意識として、工場ソビエトではなく、戦時中の産業戦士の職域奉公意識がそのまま露出しただけで、したがって経営者は生産サボをやっており、けしからんと書いた。われわれこそがまさに今の駄目な経営者に代わって生産を管理しているというような、産業戦士としての意識だったと書いています。非常に面白いです。日本の労働運動の事実上の出発点は、まさに産業戦士の職域奉公から始まったということです。

1949年の労組法改正で、ある程度是正が図られましたが、在籍専従やチェック・オフ、組合事務所の貸与、あるいは就業時間中のある程度の組合活動の容認といった慣行が残りました。これは、完全には労と使の立場を峻別し得ないという、戦後日本の慣行の影響です。しかし、これらのことは従業員代表制ならむしろ当然なのです。ただ、企業別組合は労働組合であるが故に、その間の矛盾に悩んでしまう。以上述べたように、労組が居場所たる職場で闘争しようとすれば家庭争議にならざるを得ない。

　『企業民主化試案－修正資本主義の構想』という本です。若手経済人が結集した経済同友会、今でも経済同友会として存続していますが、大塚万丈がリーダーとなり、企業民主化研究会を作り、企業民主化試案をまとめました。企業は今でもそうですが、どこの国でも商法上、会社は株主が所有者ということになりますが、そうではないと主張しています。既に終戦直後の労働運動の力により、経営協議会や生産管理闘争が行われ、労働者が団体として企業の生産活動に参加するということが行われていました。これを企業経営側が、企業モデルに組み込もうというのが経済同友会の構想です。企業は、決して商法にいうような株主の所有物ではない、これは経営と労働と資本という3者の共同体である、と。従って、企業利潤も経、労、資の3者に配分すべきだと主張しています。

　今、現にある経営協議会に、株主代表も入れ、これを企業総会にし、企業の最高意思決定機関にする。株主総会は、あくまで企業総会の下部機関とし、企業総会に参画する株主代表を選び、監査役を選任する。同様に下部機関として、労働者代表を選任する労働者総会を創設する。面白いのは、大塚はこれを労働組合の進歩と呼んでいます。単に賃金引上げやその他の労働条件を改善しろと言うだけの組織ではなく、まさに先ほど来話をしてきたトレード型、ジョブ型の労働組合ではなく、企業共同体の一員として組み込まれた労働組合こそが進歩だと。

　しかしこれにはパラドックスがあります。企業総会に労働者代表も入るわけです。ということは、労働者の意思が既に織り込まれている、その企業総会の決定に労働組合はストライキで対抗することはできるのか。この問いをこの本の後ろのほうで延々と論じています。民主化研究会の中でも、大塚とそれ以外の人たちでいろいろ意見が分かれており、粗々の意見の中から出された本ではあります。これは、終戦直後に出された設計図ではありますが、まさしくその後の日本の、戦後七十数年間の日本の企業別労働組合というものの、パラドックスが明確に描かれています。この段階ではまだ生産管理闘争をガンガンやっていた時期、闘争的な時代なのです。したがって、企業のインサイダーになってしまった労働組合の存在理由は何かということを、まだ当時の人は本気では思っていなかったが、しかしその後、数十年後を経て、本当の意味での問題が出てくるのです。

　日本の企業は、法的な意味で経、労、資、3者の共同体になったわけでも何でもないのですが、ある意味で経済同友会の企業民主化試案が、まさしくその後のメンバーシップ型といわれる日本的な雇用の在り方より、むしろ企業の在り方、職場の在り方の設計図となり、その後の日本の在り方を形作ってきたことは間違いないと思います。

　このような中で、日本の労働組合が苦しい、つらい立場に置かれるということを描き出した本を紹介します。60年ぐらい前に出された本です。古い本ですが、今から半世紀以上前に出た本にいろんなことが全部書かれています。藤林敬三は、中労委の会長を務めた人で、それまでも多くの労働紛争や労働争議の調停をずっと長くやってきた方です。彼の死後に出された本で『労使関係と労使協議制』というタイトルです。

　この藤林理論の出発点は、労使関係には二つあり、一つは、労使が協力する第一次関係、もう一つは利害対立する第二次関係。この二つがドイツのように担当が分かれてればいいのですが、日本では両者が企業別組合という単一の組織の中で癒着し、不分離状態にあるため、争う関係か、争うべからざる関係か、そのいずれともつかないような事態を含めて、藤林の名言がたくさんちりばめられています。「日本の労働争議は近親者間の家庭争議である」。労使は一体であるがゆえに、そこで紛争をすると家庭争議になってしまう。この頃はまだ多くの争議があった。激烈な労働争議はありましたが、最後は大体、第二組合の発生という結末に至る理由はなぜか。それは従業員としての里心のためなのだと。なぜそんな激烈な政治闘争とか雰囲気闘争をやるのか。そうしないと労使協力の気持ちが強くて盛り上がらないからだと。やたらに左翼的なことを口走るのは、そうやって非日常を演出しないと、いつも仲間である経営者とけんかしなければならないからだと。だから、盛り上げるのですが、やり過ぎると、そこまでやるのは酷いということで一般組合員がすっと引いていき、そこに協調的な第二組合が結成されて、あっという間にオセロゲームみたいにぱたぱたと色が変わってしまう。この辺は本当に、日本の労使関係の実態というものをすごく目の当たりに見続けた人ならではの言葉だと思います。図書館の奥のほうに置いてあると思います。もし何かの機会があれば見て下さい。

　この本の最後のところで藤林は、第二次関係が、このままいくと限りなく希薄化し、労使協力の第一次関係に埋没することになると予言をしていました。まさしくそうなっています。まさに日本の、私がメンバーシップ型と呼んでいるこのありようというのは、まさに戦時中、そして終戦直後の労働運動のありよう、そしてそれを受けた経営側のありようというものの上に立脚してつくり出されたもので、その上にいろんなものがたくさん積み重なっている。したがって、これからはジョブ型だといって、すぐにどうこうなるというような話ではないのです。難しいのです。

　こうした労使関係をどう考えるのか、なかなか難しいです。かつての19世紀のイギリスのトレード型の対極に位置しますし、20世紀アメリカのジョブ型の正反対です。ある面ではG・D・Hコールやエドモン・メールが希求したパートナーシップや、あるいは自主管理に近い面もあるでしょう。しかし、彼らが求めたものは決して実現することはありませんでした。ある面でそれに近い、部分的に実現しているのが、恐らくドイツのデュアル・システムだと思いますが、ドイツのデュアル・システムは企業の中だけでの話であって、企業を超えたレベルではジョブ型や、むしろトレード型が生き残った形で産業別の労使関係が逆に維持しています。日本においては、労働組合がつくり出された終戦直後から、企業を超えた産業別レベルの労働協約システムはほぼ完全に存在しない状況です。

今の日本でまともなジョブ型を論じている人は、ジョブ・コントロール・ユニオニズムが完璧に崩壊して、ヘイコンサルティングがつくったジョブをマーケットで売り買いし、そのジョブでもって動いているような意味として言っている。これは現に、今のアメリカではそうなっているからなのですが、今まで話をしてきたように、まさに労働組合のトレード型からジョブ型を経てきた流れがあるわけですし、もう一つ、ジョブ型とは対極的なメンバーシップ型の発想に近いものも実は欧米社会に、先ほど見てきたようにいろいろあったわけです。あったにもかかわらず、それがドイツのデュアル・システムの部分的なものを除けば、実はほとんど成功していないということを踏まえて物事を考えていく必要があります。

　本当にこの2年半ほどいろんな所で講演しますと、「では、どうしたらいいですか」と答えをすぐに求める質問が多くて、本当にいいかげん嫌になっていますが、そのような安直な発想ではなく、とにかく、1ミリぐらいの薄い話ではなく、1センチ、10センチ、1メートルぐらいの深みのある話を自分でとことん考えぬいた上で、物事を考えていきましょうというのが私の言いたいことです。これが正しいというような結論を言う気は全くありません。しかしこの問題を、ジョブ型、メンバーシップ型をはじめとする固有システムの問題を考える際には、これぐらいのことは頭に置いて議論していただかないと、あまりにも薄っぺらな議論ばっかりが世にはびこってしまうと思います。

　職場で働いている労働者のモチベーションをいかに高めていくのかが大事だと思いますが、経営者、労働者、株主との関係といった面からの企業システム、あるいはジョブ型、あるいはメンバーシップ型のような雇用システムの観点から見たときに、システムとして働く人のモチベーション、あるいは満足度を高めていく上では、どういうシステムがいいのか。それを考える際の視点やアドバイスがあればお願いします。

　いかなるシステムもメリットもあればデメリットもあります。30年前に全ての面で日本がいいといわれていたのも行き過ぎた議論ですし、その逆も行き過ぎなのだと思います。ただ、どんなシステムにも理屈もつけることは可能です。つまり、ジョブを細かくして仕事をした方が人間はやる気が出るのだ、というのをもっともらしい理屈を付けられるでしょうし、逆にそんなことは全部なしにしたほうが人間はやる気が出るのだという理屈もいくらでも付くはず。評論家とか学者は、そのときにもっともらしい理屈を付けているだけで、それがもっともらしいのは、そのときに、30年前は日本経済の威勢が良かったからで、今は日本の威勢が悪いのでそういう議論が多分もっともらしく見えたり、もっともらしく見えなかったりするだけだろうと思っています。これが一つ目。

　二つ目。もう少し細かく見ていくと、労働者の中のどういう人たちが、よりそれによってメリットを受け、どういう人たちがデメリットを受けているのか、というのはあります。それは常に時代を超えて共通するものはあるのだと思います。にもかかわらず、どういう労働者が多くて、どういう労働者が少ないかということによって、社会全体としてメリットが大きいか、デメリットが少ないかの話になってしまう。

　一番分かりやすいのは、30年前までの日本は若い男性が多かった。女性は結婚したら辞める。年齢構成がピラミッド型で、働かない中高年、いわゆる「おじさん」も少ない。働く若い男性が占める社会でのメンバーシップ型の生産性は高かったと思います。逆に、女性も定年まで働く、年齢構成が逆ピラミッド型になってきた中で、何でもかんでもやれと言って、やらせていればいいというやり方では、生産性は昔に比べればはるかに上がらなくなるとは思います。個々のレベルで見れば、昔の若者も今の若者も大して変わらないし、昔の中高年も今の中高年も大して変わらないと思いますが、社会全体の構成が変わると、よりメリットの出る部分と、よりデメリットの出る部分との割合も変わりますし、社会全体としても違いが出てくると思います。

　そうした場合、例えばジョブが細分化されてタスク化されていく、あるいは、場合によってはそこまで細分化せずに、ジョブの範囲を広げるというような動きも当然、起こってくると思いますが、労働組合がその共通の仕組みに関与していくことについて、タスク化したときに容易になるのか、ならないのか、どのようにお考えになりますか。

　ただ、これが一体どうなるかは本当に分かりませんが、一つの楽観的な考え方としては、事業体は企業を越えて、タスクレベルで労働、労務を活用していくが、それを提供する側は、むしろタスクをジョブという形ではなく、トレードみたいな形で包括するような方向になるということはあるかもしれません。それこそG・D・Hコールが若い頃に唱えていたようなギルド社会主義みたいな方向性はあるのかもしれません。これは楽観的な、要するにAI社会の先にはテクノ職人のギルド社会がやってくる、といったようなイメージですので、想像の話です。

　　企業を単に事業体としてみなして管理していく点でいえば、労働者協同組合という概念が昔からあります。先ほど、どんどんタスク化しギルドに戻るのではと、予言めいたこともおっしゃっていましたが、労働者協同組合は将来的にどのようなに発展してくのか、見立てがありましたら教えてください。

労働者協同組合は、まさに終戦直後に経済同友会が主張していた企業民主化試案と非常によく似ていると思います。つまり、そこにはいいだけの話があるというわけではない。つまり、企業民主化試案の、ある意味成れの果てが今の日本だとすると、われわれは一方では企業にとっての他者として、単に労働力を提供するだけであるという存在に耐え難く、自ら政治的民主主義と同じような形でそこに参加したいという気持ちがある一方で、そこに没入してしまうことによって、そこから自らを引き離して行動する立場というものが失われてしまう。まさに失われてしまった結果が今の日本だと考えると、実は労働者協同組合って新しいように見えますが、これまた古い話だと思います。

　ドイツでは、企業内で協力するところは協力するシステム。協力するが、しかし、対峙するところは対峙するルートを別途きちんとつくって、一見それは、余計なルートをつくっているように見えますが、その意味はあると思います。あえて言うと、やはり人間の持つ矛盾の両方をきちんと担保するような仕組みを作っていくことは必要です。そういう意味で労働者協同組合に取り組む方々の熱意はよく分かるのですが、やっぱりそれは一方だけのものになっていると私は感じます。