●日本の「正社員」と呼ばれる労働者の雇用契約は、世界的に見て極めて特殊である。日本以外の国々ではフルタイム勤務、無期契約、直接雇用の3つを満たせば正規労働者であるが、日本では「当該事業主との雇用関係が終了するまでの全期間において、その職務の内容及び配置が･･･変更されると見込まれるもの」（パートタイム労働法8条）でなければ日本型正社員とは認められないからである。また、「ジョブ・ディスクリプション」（職務記述書）が交わされることもまれである。

●職務も労働時間も勤務場所も契約で限定されておらず、無限定、すなわち使用者の命令でいくらでも変えられてしまう雇用のあり方を、企業という「共同体」のメンバーになるという意味で「メンバーシップ型」と呼んでいる。メンバーシップ型正社員には職務限定の権利もなければ、時間外労働拒否の権利もなく、遠距離配置転換拒否の権利もない（いずれも最高裁判所の判例）。

●日本型正社員になれば、職務、労働時間、勤務場所の限定なく働かなければならないが、その代わり仕事がなくなっても配転されることによって雇用は守られる。少なくとも20年前までの日本では、こうした社会的交換がマクロ的に労使の間で成立しており、多くの人々は不満を持たなかった。また、日本型正社員の仕組みは、日本の競争力の源泉であると、国内外から高く評価されていた。

●1990年代以降、企業がメンバーシップ型正社員を少数精鋭化するという方針を打ち出し、その採用枠を縮小していくにつれ、従来であれば正社員になれたはずの若者たちが、低賃金・不安定雇用の非正規労働者となっていった。

●家計維持的な若者が非正規化することで、非正規労働問題が政策課題として浮上した。日本型正社員の入り口は新卒一括採用に集中しているため、彼らいわゆる「就職氷河期世代」は正社員になれずに非正規のまま中高年化し、問題が深刻化してきた。かつては2割以下だった非正規労働者が今では4割に迫りつつある。

●日本は法律上、メンバーシップ型であるということはどこにも書いていない。むしろ逆であり、民法・労働基準法・労働組合法・職業安定法等は、すべて欧米と同じジョブ型の労働組織を前提に作られている。しかし、実態はメンバーシップ型の仕組みを前提に動いているため、紛争等が起こった場合、裁判所は法律の趣旨に基づいて判決を出すのではなく、日本型メンバーシップを前提に判決を出している（解雇権濫用法理、整理解雇４要件等）。

●欧米で一般的な「ジョブ」型の雇用契約では、同一事業場の同一職種を超えて配転することができないため、労使協議など一定の手続を取ることを前提として、整理解雇は正当なものとみなされる。それに対して日本型「正社員」の場合は、雇用契約でどんな仕事でもどんな場所でも配転させると約束しているため、整理解雇はそれだけ認められにくくなる。

●日本は解雇規制が厳しすぎるのではなく、解雇規制が適用される雇用契約の性格が「なんでもやらせるからその仕事がなくてもクビにはしない」という特殊な約束になっていることが原因である。ヨーロッパ並みに整理解雇ができるようにするためには、まず「何でもやらせる」ことになっている「正社員」の雇用契約のあり方を見直し、職務限定、勤務地限定の正社員を創り出していくことが不可欠の前提である。

●日本の解雇規制が厳しいと考え、解雇規制を緩和しようという形で発想することは、根本的に矛盾をはらんでいる。日本の労働契約法第16条は「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない」解雇を無効としているだけであり、これを緩和するということは、客観的に合理的な理由が無くても、権利の濫用であっても解雇は正当だということになってしまい、かなり無理がある。無理なことを行っても、必ず裁判所でひっくり返ることになる。問題は、解雇規制の枠組みではなく、そこにあてはめられるべき雇用契約のあり方にかかっている。

●「ジョブ型正社員」は、積極的に拡大していくべきである。それは不本意に非正規労働者に追いやられてきた（中高年化しつつある）若者に、ある程度の安定した収入と雇用を保障するものである。一方、その仕事がなくなれば配転の余地がないのであるから整理解雇されることもやむを得ない。この点をマクロ的、社会的に支えるために、日本ではこれまで極めて未発達であった、外部労働市場メカニズムを張り巡らせていくことが不可欠となる。とりわけ、どの企業でも通用する職業能力の認証システムの開発は喫緊の課題である。

●こうしたジョブ型正社員の確立は、これまで非正規労働者に陥りたくないばかりに不本意に無限定な正社員型の働き方を甘受してきた人々にとっても朗報となり得る。とりわけ、育児中の女性など、会社に生活のすべてをささげることが不可能な労働者にとっては、メンバーシップ型正社員と非正規労働者という極端な二者択一を迫られることなく、ワークライフバランスのとれた、それなりに安定した働き方の選択肢が生まれることは望ましい。

●日本の法律では、金銭解決を行ってはならないとはどこにも書いていない。実際に、あっせんや労働審判では金銭解決を行っている。年間数10万件の解雇紛争を労働裁判所で処理している西欧諸国に比べ、日本で解雇が裁判沙汰になるのは年間1,600件程度に過ぎない。それに対して、全国の労働局に寄せられる個別労働関係紛争の数は膨大である。解雇など雇用終了関係の相談件数は年間10万件に上るが、そのうちあっせんを申請したのは約4,000件弱である。あっせんは強制力がなく任意の制度であることから、申請された事案のうち約３割程度しか金銭解決がされておらず、その水準は平均17万円と極めて低い。日本の大部分を占める中小企業レベルでは、解雇は限りなく自由に近いのが実情である。

●解雇規制緩和の一つの象徴のように批判されている金銭解決制度であるが、裁判後金銭解決金額の基準を設定し、金銭解決を積極的に行った方が良い。例えばドイツでは無効な解雇の場合の補償金は、年齢によって12か月分から18か月分とされていることから、多くの中小企業労働者にとってメリットが大きい。

●日本の労働時間規制は、世界と比較しても異常なまでに緩い。対して、時間外・休日労働や深夜労働の割増賃金規制は世界的に見てかなり厳格である。アメリカは、労働時間規制はなく、賃金規制のみである（公正労働基準法・週40時間以上は５割の割増賃金）。日本は、過半数組合または過半数代表者との労使協定さえあれば、事実上無制限の時間外休日労働が許され、年少者を除けば、法律上の労働時間の上限は存在しない。

●EU諸国では、労働時間の上限が存在する。週48時間の労働時間規制は、時間外を含めたものである。そのため、救急病院の医師等は適用除外としている。

●以前、ホワイトカラーエグゼンプションが審議会で議論された際、残業代の問題として議論すべき（労働時間と賃金のリンクを外して成果に見合った報酬を払うという観点）であり、労働時間が無制限に長くなって労働者の健康に悪影響を与えないようにするための歯止めとして、実労働時間規制を確立することが必要であると主張した。

●企画業務型裁量労働制を拡大することは適当でない。仕事は、全てが企画・調整・連絡・相談が絡まり合っているからである。賃金問題は基本的に労使に委ねられている事項であるので、労使でしっかりと決めるべきである。また健康確保のための規制として、毎日の休息時間(勤務間インターバル)規制を法制上の制度として打ち出していくことが重要である。

●労働条件の変更（特に不利益変更）を、どのような時に合理的なものとして認められるかをしっかり決めておく必要がある。労働側が反対した理由として重要な点は、「過半数組合」がないところでは、過半数を代表する者ということになり、実態は会社が指名していた等の問題があるということである。きちんとした恒常的な組織として意見を集約できる従業員代表法制を作らなければならないのではないか。また、労基法等にしか規定がない「過半数組合」を労組法上に位置付ける必要がある。

●日本の労働者派遣法制は、世界的に見て極めて異例な仕組みになっている。先進諸国の派遣法制は、労働法制の一環であり、派遣労働者を保護するための労働法である。日本の派遣法は、派遣という本質的に望ましくない働き方を抑制し、正社員を守るために派遣事業を規制することが目的の事業立法である（「常用代替の防止」等）。８月の厚生労働省「今後の労働者派遣制度の在り方に関する研究会」における報告書では、常用代替防止から派遣労働者保護という考え方をとり、26業務を廃止するとしており方向性は正しい。日雇派遣の原則禁止についても見直すべきである。

●大学教授等は、学問の領域が非常に限定的である。研究領域の科目が不要になったら整理解雇されると考えてよいのか。また、そのような判例はあるのか。例えば、労働契約法第16条の２項に、１項の例示を書けば良いのではないか。つまり、無限定を選択した人は整理解雇を行えないが、限定を選択した人は客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当と認められる場合は整理解雇ができると書けば、わざわざジョブ型正社員という呼称を設けなくても良いのではないか。

●大学教授等は、極めて専門的な仕事だと思うが、社会的に高い地位にある方々であり、これまでそうした事例は目にしていない。高校の体育の先生が骨を折って体育ができなくなった例で、国語教師の免許を持っていたことから、国語を教えることはできるのではないかとした判例がある。日本の裁判所は、メンバーシップ型の感覚が強く、そこに引っ張られて判断している傾向がある。

●「客観的に合理的な理由」「社会通念上相当」というのは、どういう契約を結び、どういう実態かということによって様々であるということを、より明示的にしていくことが重要である。ヨーロッパでは、例えば能力不足、非行、業務がなくなった等とブレークダウンして書いていることが多い。厚労省では、何等かのガイドラインを示すことによって対応していくのであろう。その際、メンバーシップ型・限定型ということを明確にした方が、現場にもわかりやすく、雇用管理のあり方も明確に区分けしやすくなるのではないか。将来の姿として、メンバーシップ型は２～３割、その他はジョブ型正社員が大半を占めるのが望ましい方向であると思う。

●金銭解決の話であるが、交通事故に関して裁判所が効率的なシステムを作り、それをベースに保険会社も交通事故を処理するシステムを有しており、外国からも模範になるような例であるとされている。同じようなことを金銭解決の問題にも導入することは可能か。

●ヨーロッパ諸国の労働裁判所実務は、１件15分で処理しており、交通事故処理に近いと思う。現在、あっせんや労働審判において金銭解決が多数行われていることから、これをベースに制度設計を行えば、ドイツで行われているような事案解決が導入可能なのではないかと思う。

●サービス産業で働く労働者が約７割を占める状況にあるが、労働基準法が工場労働を基本にしており、サービス産業も高付加価値分野と低付加価値分野に２極化している。そこに古い法律をあてはめることによって、色々無理な解釈がなされているのではないか。また、実態に即していない判例が出ているように思われる。正社員とジョブ型正社員と呼ばれているが、本来であればパート社員とフルタイム社員しかいないのではないか。

●戦前の工場法は工場に関する法律であるが、戦後の労働基準法は基本的に全ての産業を対象にし、運用がなされている。最近の過労死等の裁判例を見る限り、問題になっているのは低付加価値型のサービス産業である。工場を前提とした保護のあり方では及ばないようなところが、色々なところに発生している。特にサービス産業の低付加価値分野に及びにくくなっている保護を、どのように及ぼしていくかということが労働規制に求められている。逆に高付加価値分野については、労働法規制があるが故に働き方を邪魔しているということはないはずである。なぜなら労働時間規制は極めて緩いからである。あるとすれば、それは残業代規制の問題にすぎない。

●社員の形態がパートとフルしかないということはない。パートとフル、有期と無期、直接雇用と派遣という３つでレギュラーワーカーと、ノンレギュラーワーカーを分けるのが基本的である。

●金銭解決の方向性というのはよくわかる。問題の本質は、解雇規制ではなく、契約そのものにあることから、新入社員から契約を改めるとすると、約30年かかるように思われるが何か方策はあるのか。中小企業は、ジョブ型契約を推進していくことができるのか。

●中小企業は、ジョブ型ではなく小さなメンバーシップ型にすぎない。日本には欧米のような意味でのジョブ型というのは一部の職種にしかない。底辺にジョブ型がない中で、大企業の中にジョブ型を作っていくのは、現実の社会的基盤から考えると非常に難しい。

●これからジョブ型で入社する人はそれでよいが、メンバーシップ型の既存社員をどのようにするのかというと、基本的に契約であることから、双方が合意しなければならない。一方的に変えるということは論理的にあり得ない。30年待つのかという点については、40歳代くらいから仕事のあり方について人事管理の議論として行っていくべきである。

●日本の現状として金銭解決は既に行われており、中小企業において簡単に解雇されることに対する労働者保護ということであれば、規制緩和ということではなく、労働者保護の観点で言うべきであろう。

●メンバーシップ型は、20年ほど前には競争力の源泉と思われていたと指摘があったが、今でも職種・業態によっては競争力の源泉になっている部分があると思う。今の社会がメンバーシップ型を前提に色々な仕組みが出来上がっている中で、この部分だけを急にスピードをあげて改革するとなると、雇用の問題・失業の問題の矛盾等が出てくる可能性があるので、インフラの部分をまず変えるということが必要なのではないか。

●私も金銭解決は、労働者保護に繋がるという立場をとっている。八代尚宏氏も、大企業の正社員にとっては不利になる可能性があるが、中小企業の労働者にとっては保護が強化されるとしている。マスコミ等の報道の仕方に若干のゆがみがあるのではないかと思われる。

●「メンバーシップ型」「ジョブ型」どちらが良いかという点については、最終的に個々の企業が判断せざるを得ない。かつては、男性正社員は全てメンバーシップ型であるとしていたが、90年代以降徐々に枠を狭め、その外側は非正規が占めることとなり、高度専門職という中間型をきちんとつくることができなかった。現在の雇用制度を変える際には、それによって零れ落ちる者ができない仕組みをどのようにマクロ的に構築するかが重要である。インフラをしっかり作っていく必要があるが、インフラを構築するのも時間がかかる。同時並行で進めていくしかないのではないかと考えている。