　2006年はマスコミや政治家が一斉に格差社会を問題にした年でした。皮切りは2005年12月末に毎日新聞で始まった連載記事「縦並び社会」で、「視点:格差社会考」と題する論説記事と併せてこの問題をリードしました。世間へのインパクトという点で大きかったのは、NHKが7月に放映した「ワーキングプア－働いても働いても豊かになれない」でしょう。政府側でも、「労働経済白書」が所得格差の問題を取り上げ、特に若者における非正規雇用の増大が将来的な格差拡大につながっていきかねないことに警鐘を鳴らしました。国外からも、OECDの対日審査報告書が所得不平等と貧困の問題に一節を割いています。構造改革路線に対する熱狂の季節が過ぎ、格差拡大に対する懸念が政治的課題としてクローズアップされてくる中で、安倍政権は「再チャレンジ支援」を掲げ、格差の固定化を防ぐ「成長力底上げ戦略」を進めました。

　これに対し、野党の民主党もようやく格差問題を取り上げ、2007年には最低賃金やパートの差別禁止を盛り込んだ「格差是正緊急措置法案」を国会に提出しました。しかし、小泉政権時代に自民党のいわゆる「守旧派」を批判して「もっと構造改革を進めよ!」と主張していたのは外ならぬ民主党でしたし、90年代に遡れば、今日の構造改革路線を進めてきたのは細川内閣、村山内閣、橋本内閣と、かつての社会党系や民社党系が何らかの形で関わった政権でした。例えば、1993年の平岩レポート(細川内閣)は「経済的規制は原則自由・例外規制、社会的規制も不断に見直す」と述べていますし、1995年の「構造改革のための経済社会計画」(村山内閣)は「自己責任の下、自由な個人・企業の創造力が十分に発揮できるようにすること」「市場メカニズムが十分働くよう、規制緩和を進めること」を唱道しています。皮肉な話ですが、連合はこの10年あまり新自由主義的な構造改革路線を支持し続けることによって、格差拡大に手を貸していたと言えなくもありません。

　この政治的配置の奇妙さは、この20年間のヨーロッパにおける新自由主義勢力と社会民主主義勢力の動向と対比すると一層際だちます。ヨーロッパでは80年代にイギリスでサッチャー政権が誕生し、自己責任の下に規制緩和を進める新自由主義政策を打ち出していきました。これに対し、社会民主主義勢力は当初従来の福祉国家路線を固守しようとしましたが、90年代になって新たな路線を打ち出していきます。それは旧来の福祉国家のマイナス面を正面から認め、その構造改革の必要性を打ち出しつつ、市場メカニズムにすべてを委ねるのではなく、新たな社会連帯の在り方を模索しようとするものでした。1993年のEU社会政策グリーンペーパーに始まり、イギリスのブレア政権の「第3の道」、ドイツのシュレーダー政権の「新たな中道」などの形をとりつつ進展してきたこの新たな社会民主主義の思想は、2006年12月の総会で採択されたヨーロッパ社会党の10原則に集約され、2007年2月に発表された政策文書「新たなソーシャル・ヨーロッパ」に詳細に解説されています。

　ここではその内容を紹介することはしません。ただ、新自由主義の挑戦に対して社会連帯の在り方を組み換えることによって応戦しようと試みてきたヨーロッパ社会民主主義勢力に比べて、保守勢力が作ってきたそれなりに福祉社会的な仕組みを新自由主義的な思想を振りかざして破壊することに手を貸してきた日本の「革新」勢力の政治行動の奇妙さを正面から問い直すことなしに、ただ目の前の格差拡大を非難するだけで新たな政策路線が打ち出せると考えているのであれば、その将来にはあまり期待が持てないでしょう。少なくとも、新自由主義的な「労働ビッグバン」に対して労働者の待遇改善を訴える自民党の雇用・生活調査会の活動よりも意味があると言えないでしょう。

　本日は、この「新たなソーシャル・ヨーロッパ」の哲学を意識しつつ、日本社会がこれまで作り上げてきた仕組みのメリット、デメリットを踏まえて、構造改革路線に代わる「新たなソーシャル・ジャパン」を構想するためのスケッチを描いてみたいと思います。

　新たなソーシャル・ヨーロッパの哲学の中心に位置するとともに、これまでの日本社会の在り方において半ば無意識のうちに前提とされていたのが、「仕事を中心に据えた福祉社会」という理念です。ヨーロッパでは、これは旧来の福祉国家の在り方に対する痛切な反省の念とともに語られます。

　福祉国家は「労働の脱商品化」を進めてきたといわれます。「労働は商品ではない」というILOのフィラデルフィア宣言に見られるように、これは戦後福祉国家の基軸の一つでした。しかし、それをどの次元で捉えるかによって、①資本の論理にもてあそばれる商品ではなく、生産の論理に基づいて活用される社会的有用財として位置づけるべきとする考え方と、②商品として売られなくても生きていけるよう、労働の対価としての報酬ではない所得保障を整備すべきとの考え方がありえます。前者からは労働者保護法制や完全雇用政策が導かれ、後者からは失業給付や生活保護などの福祉政策が導かれます。もちろん、後者は、不本意な商品化－多くの場合、労働条件が過酷低劣であって、社会全体の立場からも望ましくないもの－を避けるための手段であって、生産に必要な有用財としての労働を否定するものではありません。しかし、商品として売られなくても生きていけるということは、有用財として活用されなくても生きていけること－つまり働かない自由をも意味します。ヨーロッパの福祉国家を揺るがしてゆく大きな要因はこのモラルハザードにありました。

　新自由主義者の攻撃は、まずはこの「国の福祉に寄生する弱者もどきの連中」に向けられました。「働けるのに働かない怠け者を養うために我々の税金が使われている」というわけです。しかし、実は70年代以降ヨーロッパで失業者や福祉受給者が増えたのは、それを受け皿にして企業がリストラを進めたからという面が大きいのです。ややパラドクシカルですが、新自由主義者が推進する労働の商品化は、そこからこぼれ落ちた者の脱商品化を保障する福祉国家によって支えられていたとも言えます。

　これに対し、「新たなソーシャル・ヨーロッパ」は、誰もが仕事を通じて社会に参加できる社会を目指します。生産性の高い者だけが働き、低い者はそのおこぼれに与るというような社会は否定します。それは、そんな社会が経済的に持続可能でないということに加えて、仕事には単に所得を得るという以上の意味があると考えるからです。仕事は個人の尊厳であり、社会的な認知であり、人々とのつながりでもあるのです。「貧困」だけが問題なのであれば、所得保障を与えればよいということになるでしょう。しかし、「社会的排除」－社会の中に居場所がなく、除け者にされていること－こそが問題だとすれば、仕事という形で社会の中に居場所を与えることが社会政策の目的でなければなりません。この「仕事を中心に据えた福祉社会」こそが、新たなソーシャル・ヨーロッパの基軸なのです。

　これは逆に言えば、働かない自由は認めないということです。英ブレア政権のニューディール政策や、独シュレーダー政権の労働市場改革が、「福祉から仕事へ」を掲げ、就労や教育訓練を拒否する者には給付を与えないという姿勢を打ち出しているのは、働ける者はみんな働くことができる社会を目指しているからです。しかし、この第二の脱商品化を否定する政策はややもすればアメリカ型の「ワークフェア」－どんな低劣な条件の仕事でも受け入れて働くべきだという第一の脱商品化を否定する考え方－に近づきかねません。それは、社会の中にワーキングプアを大量に生み出すことになるでしょう。仕事さえあれば福祉社会になるわけではないのです。それはいい仕事、まっとうな仕事でなければなりません。

　この「仕事を中心に据えた福祉社会」という観点から見て、これまで合格点に達していたのは北欧諸国でした。「働かざる者食うべからず」という強い勤労倫理に支えられ、連帯的賃金政策による高い労働条件と積極的労働市場政策による就労促進を組み合わせて、高い就業率を達成してきました。

　ある意味でこれまでの日本社会も、違ったやり方でではありますが、仕事を通じて社会の中に居場所を与え、働いている限りはそれなりの保護を与えつつ、働かない自由は事実上認めないような福祉の厳しい運用により、高い就業率を達成してきたといえるのではないでしょうか。さまざまな産業政策や公共事業によって会社が潰れないようにし、その中で広範な労務指揮権と引き替えに世帯主たる成人男性に手厚い雇用保障を与え、労働者の生涯にわたる生活が保障されてきました。その周縁には相当数の非正規労働者がいましたが、パート主婦は正社員である夫の妻として社会の主流に位置していたのですし、アルバイト学生にとっての雑役仕事は正社員として就職する前の一エピソードに過ぎませんでした。

　英米で新自由主義が猛威を振るっているときには、日本はこの独自の「仕事を中心に据えた福祉社会」の優位性を誇っていました。ところが、ヨーロッパ社会民主主義勢力が痛切な反省の中から新たなソーシャル・ヨーロッパの哲学を創り出そうとしていた90年代に、日本社会は逆に構造改革の名の下にあらぬ方向に漂いだしたのです。それをもっとも明確に表現しているのは、1999年の経済戦略会議答申（小渕内閣)でしょう。後に経済財政担当相になった竹中平蔵氏が起草した同答申は、日本型雇用慣行のような「過度な規制・保護をベースにした行き過ぎた平等社会に決別し、個々人の自己責任と自助努力をベースとし」、「倒産したり、失業した人たちに対して、相応のセーフティ・ネットを用意」せよと主張しています。労働の商品化とそこからこぼれ落ちた者の脱商品化の組み合わせという、否定すべきではあるがそれなりにソフトな政策であったと言えましょう。

　ところが、構造改革の進む中で実際に進行したのは、こぼれ落ちた者にも働かない自由は認めず、飢え死にしたくなければどんな低劣な条件であっても受け入れて働けというハードな政策、働くアンダークラスを創出するワーキングプア戦略でした。これは意図的というよりも、日本社会がなお強烈に「働かざる者食うべからず」の勤労倫理を有しているが故に、そのような資源分配を国民が認めなかったという面が強いように思われます。その結果、いわゆる就職氷河期に正社員として会社に潜り込めなかった世代は、パート主婦やアルバイト学生並みの待遇で、しかも彼らのような別途の社会的な居場所を与えられないまま、労働社会の周縁に追いやられてしまいました。また、パート主婦といえども、不況の中で正社員の夫が失業したり、離婚等でシングルマザーになったりした場合、低賃金は直ちにその世帯の低所得として跳ね返ってきます。

　今必要なのは、竹中流の「セーフティ・ネット」ではないでしょう。「仕事を中心に据えた」社会という日本の在り方はなお維持すべき値打ちがあります。いや、福祉受給者に悩むヨーロッパから見れば貴重な含み資産とも言えます。重要なのは、その仕事をいい仕事、まっとうな仕事に変えていくことであり、日本型の「仕事を中心に据えた福祉社会」を再構築することであるはずです。

　その際、変革すべき点は大胆に変革しなければなりません。社会的なコストの大きい産業政策と公共事業による雇用機会の維持創出に代えて、それ自体社会に対する就業促進効果の高い教育訓練や福祉医療といった公益サービスにおける働く場が中心に据えられるべきでしょう。また、成人男子労働者を前提とした配転や時間外労働における広範な労務指揮権と企業内の手厚い雇用保障の組み合わせから、仕事と家庭の両立が図れるような働き方と企業を超えた働く場の保障の組み合わせへのシフトも図っていかなければなりません。

　一番悪いのはどん詰まり(デッドエンド)の仕事です。先行きの見通しのない短期雇用や派遣労働、偽装請負などがこれに属します。現在のワーキングプアたちが陥っているのはこの暗闇の世界でしょう。ヨーロッパでは、せっかく苦労して就職させてもそれがどん詰まりの仕事であればまたすぐに福祉の世界に舞い戻ってくるという形でこれが問題になります。日本では戻るべき福祉の門戸はほとんど開かれていないために、彼らは常に最末端の仕事を移り行かざるを得ません。こうしてワーキングプアはワーキングプアのまま年を重ねていきます。しかしそれは問題の先送りに過ぎません。家族を形成できないまま、彼らが不安定な生活を送ってやがて老齢に達したとき、社会はその持続可能性を失うことになります。

　その次に来るのが、ある程度の安定性はあるが低賃金で将来昇給する見通しもあまりないような仕事－つまり技能の向上に伴う賃金の上昇があまり見込めないような仕事です。これはどん詰まりの仕事から移行する際には重要な役割を果たします。少なくともそこにはなにがしかの「安心」があります。社会から排除されているわけではありません。しかし、彼らは社会の「下流」に固定化されてしまいがちです。ヨーロッパでは手厚い福祉から低賃金雇用に移行する際の困難さから、さまざまな在職給付によって「メイク・ワーク・ペイ」(働く方が得になるようにする)政策がとられています。

　その上にまっとう(ディーセント)な仕事が来ます。雇用はかなり安定しているし、社内訓練で技能を上げて昇給していく見通しもあります。これとその上のいい（グッド）仕事の違いは、主として仕事の満足度です。いずれも、人的資本に投資することによって生産性を向上させ、それに伴って賃金も上昇していくというモデルです。

　「新たなソーシャル・ヨーロッパ」は教育訓練を最重要視し、人的資本に投資することを通じて、万人にいい仕事を提供することを目指しています。アメリカでいうところの「ハイロード・アプローチ」です。そして、この点でも日本の旧来の「仕事を中心に据えた」社会の在り方には改めて評価すべき点が多いのです。OJTを中心とした社内訓練によって正社員の技能を向上させ、長期的な雇用を確保してきたこのモデルを、できるだけ広範な労働者に適用していくことが今日の課題でしょう。非正規労働者の均等待遇が論じられる際には賃金等の労働条件が中心になりがちですが、最も重要なのは教育訓練機会の均等ではないでしょうか。公的教育訓練機関と社内教育訓練との連携によって、彼らにも正社員並みの人的資本の蓄積を図っていくことが、長期的に彼らを社会に統合していく道であるはずです。

　今までの「いい仕事」とは、専業主婦を持った成人男子労働者を前提として、長時間にわたる時間外労働や遠隔地への配転を広範囲に認めながら、経営状況の悪化した時でも（非正社員の雇用を犠牲にしつつ）正社員の雇用だけは守ってくれるというモデルでした。長期的な雇用の安定が人的資本形成に重要であることからすれば、これが効果的な雇用システムであったことは確かです。そして、妻が専業主婦であることを前提とすれば長時間残業や遠距離配転も十分対応可能な事態ですし、非正社員が家計補助的なパート主婦やアルバイト学生であることを前提とすれば、そんな者は切り捨てて家計を支える正社員の雇用確保に集中することは社会的にも適切な解答であったでしょう。

　しかし、いまやそのようなモデルは「いい仕事」とは言えなくなりつつあります。共働き夫婦にとっては、雇用の安定の代償として長時間残業や配転を受け入れることは難しいでしょう。特に幼い子どもがいれば不可能に近いでしょう。そこで生活を両立できるように妻はやむを得ずパートタイムで働かざるを得なくなります。また、正社員の雇用を守るために非正社員をバッファーとして用いるやり方にも疑問が呈されてきます。正社員の雇用保護の裏側で切り捨てられるのが、パートで働くその妻たちであったり、フリーターとして働くその子どもたちであったりするような在り方が本当に「いい仕事」なのかという疑問です。

　近年政府や経済界も含めてワーク・ライフ・バランスという言葉が流行していますが、今や「生活と両立できる仕事」でなければ「いい仕事」ではないという価値転換が求められているのではないでしょうか。これはその反面として、非正社員をバッファーとした正社員の過度の雇用保護を緩和するという決断をも同時に意味することになります。もちろん、正当な理由がなければ解雇できないというのは（アメリカという異常な例を除き）先進国の共通原則です。さもなければ、使用者のいかなる命令にも逆らうことは不可能になります。しかし、経営状況が悪化したときの人員削減（整理解雇）については、今まで過度に守られてきた正社員たちがある程度の規制緩和を受け入れるのでなければ、みんなが「生活と両立できる仕事」を享受するという仕組みに移行することは困難です。

　言うまでもなく、そういう仕事は決してどん詰まりの仕事や低賃金の仕事であってはなりません。「労働ビッグバン」という名の下に、アメリカ型の「ローロード・アプローチ」を全面展開するような事態は絶対に避けなければなりません。これからの「いい仕事」も、雇用はそれなりに安定し、社内訓練で技能を上げていくようなまっとうな仕事でなければなりません。しかし、その先で何をより重要と考えるかで、旧来の「いい仕事」と別れることになります。生活を犠牲にした雇用の絶対的な安定よりも、経営状況が厳しくなればクビになるかも知れませんが、夫婦がともに家庭責任を果たせるような仕組みの方が「いい仕事」だという価値基準への転換が求められるのです。

　しかしながら、この問題を雇用保護法制という短期的なスパンの問題だけに切り縮めてはならないでしょう。学校を卒業してから引退するまでフルタイムで働き続けることを前提とした男性中心の職業生涯モデルをどう見直していくかという問題意識につなげていく必要があります。

　男性労働者にそのような働き方が可能なのは、女性労働者が異なる働き方のパターンをしているからです。学校を卒業していったんフルタイム就労しても、結婚し子どもができると育児に専念するかあるいはパートタイム就労という形でキャリアが切れます。その後子どもの手がかからなくなってフルタイム就労する場合もありますが、やがて今後は老親の介護が被さってきて、またもや介護に専念するかパートタイム就労を余儀なくされます。

　企業内であれ企業を超えたものであれ、これからの雇用の安定は、男女労働者がともに育児期には育児と仕事を両立させることができ、介護期には介護と仕事を両立させることができ、その中でキャリアを展開していけるようなモデルである必要があるでしょう。もとより現在既に育児休業や介護休業といった制度はあり、雇用保険財政から一定の手当も支給されます。また育児・介護を行う労働者の時間外労働免除や短時間勤務といった制度もあります。しかしながら、それらはもっぱらほとんど女性労働者専用の制度と見なされ、男性の取得率は極めて低水準にとどまっています。そもそも多くの女性は育児・介護期以外でも長時間残業や配転に対応できないために非正規社員にならざるを得ず、その結果これら制度を利用できる立場にいないことが多いのです。

　これと並んで、変化する経済社会に適応していくための労働者自身による教育訓練－自己投資のための時間的余裕の確保も、生涯を通じたワーク・ライフ・バランスの重要な項目であす。「自己啓発」という言葉が喧伝されて久しく、雇用保険財政による教育訓練給付金という制度もありますが、長時間労働に追いまくられる多くの労働者にとっては絵に描いた餅に等しいと言えます。経営状況悪化による解雇への規制を一定程度緩和していくのであれば、その事態に対処するための準備を行う機会を労働者側に確保していく必要があります。

　生涯を通じて仕事におけるキャリア形成と自分自身への投資、家族への責任を並行して遂行していけるような男女共通のモデルを確立していくためには、この問題を企業の労務管理とそれへの支援の問題だけにとどめておくことはできないでしょう。社会システムとして、そのような職業生涯の在り方が不利にならないような、あるいはむしろ有利になるような仕組みを構築していく必要があります。長期的な観点から社会に有用な活動を可能にするために一時的、部分的に就労から離脱する選択肢を提供する年金保険料や給付などの社会保障の制度設計は、その最も重要な部分となりうると思われます。

　先に述べたように、従来型福祉国家による労働の脱商品化は新自由主義勢力の攻撃の的となりました。確かにそれは失業者や福祉受給者のモラルハザードという弊害を生みました。それゆえに、新たなソーシャル・ヨーロッパはフル就業を目標として掲げました。しかしながら、それは生涯にわたる仕事と自己投資、家庭責任との間のマクロな時間配分のために、一時的あるいは部分的に「脱商品化」を保障することを否定するものではないはずです。むしろ、社会の長期的な持続可能性を考えれば、男女労働者にともに一時的、部分的な「脱商品化」の可能性を保障することこそが、社会保障制度の最も重要な機能の一つであってもいいはずです。

　最後に、労働政策であれ、社会保障政策であれ、男女労働者の運命に関わる政治的決定が彼らの代表のいないところで決められるということはあってはなりません。内閣府の経済財政諮問会議は、民間委員として経営者2名、学者2名を有するだけです。そこにはそれによって最も大きな影響を被る人々の代表の姿はありません。ILOの三者構成原則が改めて確認される必要があります。先に述べたような「生涯を通じたいい仕事」への政策シフトも、労使間の議論を通じて進められなければなりません。

　とはいえ、労働組合が大企業の男性正社員の利益代表に過ぎないと見なされるならば、その正統性に疑問符が付けられます。中小企業労働者の、女性労働者の、そして何より多くの非正規労働者たちの利益を代表しているのは労働組合なのでしょうか。連合は本当にステークホールダーたちの代表なのでしょうか。連合はこれに明確にイエスと答えなければならない立場にあります。現状に安住しているわけにはいかないのです。