『労働法令通信』2021年1月8/18日号

「新型コロナウイルス感染症と雇用問題」

　

　昨年2020年は年初から世界中で新型コロナウイルスが蔓延し、パンデミックとなった。日本でも緊急事態宣言が発出され、多くの事業で労働者が休業を余儀なくされ、休業労働者の賃金補填のための雇用調整助成金に改めて注目が集まった。このような制度は日本だけではなく、アメリカを除くヨーロッパ諸国でもフル稼働した。ただし、ヨーロッパ諸国と比べると、日本では初動の時期に、その申請や支給の手続が大変もたついた。そこから、雇用調整助成金のような企業を介在するものではなく、休業労働者に直接給付すべきではないかという声が上がり、新たな休業支援金が誕生した。

　実は雇用調整助成金には前史がある。占領終了直後の1952年に、通産省のいわゆる4割操短勧告を受けて、綿紡各社が操業短縮とそれに伴う一時解雇を行ったが、労働省職業安定局は通達（昭和27年4月23日職発第281号）により、一定期間後の再雇用を条件とする一時解雇を一時離職として失業保険を支給したのである。1954年には金融引締め下の企業整備に対しても通達（昭和29年7月16日職発第409号）により、労働協約を締結し一時帰休実施計画を作成することを条件として失業保険の支給を認めた。本来雇用予約があれば失業給付の対象にならないはずであるが、国策による一時帰休ということで通達で特別扱いしたわけである。しかし、これは労働行政としては問題を残した。

　一方、1953年には議員立法により大水害で事業が停止し休業状態にある労働者を失業者とみなして失業保険を支給する法律が制定され、1959年の伊勢湾台風時にも同様の法律が制定された。こちらは法律で休業者を失業者とみなすので、法律上の疑義はない。これらは時限法であったが、これらを一般法としたのが1963年改正による激甚災害法第25条であり、2011年の東日本大震災等でも活用された。

　雇用調整助成金の前身の雇用調整給付金が設けられたのは1974年の雇用保険法によってであるが、その発想の元は西ドイツの操業短縮手当であった。1950年代に法的には疑義のあるやり方で行われた操業短縮による休業労働者への賃金補填を、正面から助成金として行えるようにしたわけである。この制度はオイルショックにフル活用された後も、不況の度に用いられ、最近ではリーマンショック時に活用された。一方で、1990年代末以来、行き過ぎた雇用維持型政策の象徴として批判され、労働移動促進型への移行が唱道されてきたことも記憶に新しい。外的ショックに対する一時的な対応としては雇用維持策は極めて有効だが、構造的な変化に対しては逆効果だというのが一般的な見解であろう。

　歴史は繰り返すというが、今回のコロナ禍も企業経営からすれば外的ショックの最たるものであり、雇用調整助成金の出番であることは間違いなく、様々な要件緩和や助成率の引上げが行われた。助成率については、中小企業は解雇を行わなければ10分の10、休業手当分を全額出すというところまで行った。また雇用保険被保険者でない労働者の休業も対象に含めた。こうした対応はヨーロッパ諸国でも共通に見られ、ドイツ、フランス等はいうまでもなく、イギリスも史上初めて雇用時スキームを導入した。

　ところがこれらヨーロッパ諸国ではその対象者がものすごい勢いで増えていった。5月初めの段階で、フランス1,100万人、ドイツ1,000万人、イタリア800万人、イギリス600万人であった。同じ5月初めの日本では、申請が5,000件、支給決定500件にとどまっていた。これに対して、マスコミや政治家から、なぜこんなに遅いのか、申請書類の記載事項がやたらに多く、添付書類もいっぱいで、申請に至るまでに膨大な時間とコストがかかると批判が集中した。

　もっともこれには理由がある。かつてオイルショックやリーマンショックの時に主として打撃を受けたのは、大規模で外需型の製造業やその関連産業であった。そうした企業では人事部もしっかりしているので、助成金の申請でも、自社の人事部で様々な手続書類を用意できるし、日頃つきあいのある社会保険労務士に頼めばなんとかなる。ところが今回、特に初期に打撃を受けたのは、飲食店や対人サービス業の中小零細企業である。まともな人事部もなければ、社労士とのつきあいもあまりない。経営者自ら慣れない助成金の申請作業をやらねばならず、これが大変だということでマスコミで叩かれることになった。

　もう一点、リーマンショック時に多額の雇用調整助成金が支給されたが、その後その受給企業においてかなりの数の不正受給が指摘され、その厳格な運用のために手続が煩雑化されていたという面もある。しかし各方面からの批判を受け、厚生労働省も5月以降、申請書の記載事項を半減し、店舗書類も削減するということで大幅に簡素化した。その結果、雇用調整助成金の支給実績は次第に増加していき、12月半ばには申請213万件、支給決定206万件に達している。

　5月には、お金が全然出てこない、何をやっているんだ、さっさと出せ、と言っていたのが、気がつくと、お金が出すぎて大変だ、お金がなくなる、という騒ぎになっている。一方で、感染の第2波、第3波が襲う中、9月末までであった上述の特例措置は延長が決まった。令和3年度予算に向けて、今後お金の出所を必死に見つけてこなければならない状況である。

　しかし、先述したように、5月ごろには雇用調整助成金の動きが鈍いことに批判が集中していたのである。その中で、それなら雇用調整助成金という企業を経由する形ではなく、もっと迅速に、直接労働者に好適な休業給付をすべきではないかという声が盛り上がってきた。例えば日弁連は5月7日、激甚災害法第25条に倣って、離職していなくても失業給付をすべきだと主張した。これに対し、安倍首相や加藤厚労相も一時積極的だったようだが、今回のコロナ禍は激甚災害法でいう激甚災害ではなく、別に職場が破壊されたわけでもない。コロナ禍で緊急事態宣言を受けて休業したというのは、かつて通産省の操短勧告を受けて休業したのと同様、一種の経済的休業である。そういう事態に対処するために設けられたのが雇用調整助成金なのであってみれば、それを失業給付で出すというのは先祖返りであり、法的な疑義もぬぐえない。そうした中で、厚生労働省職業安定局としての整合性の取れた制度設計ということで設けられたのが、6月に制定された「新型コロナウイルス感染症等の影響に対応するための雇用保険法の臨時特例等に関する法律」であった。これに基づき新型コロナウイルス感染症対策休業支援金・給付金が設けられ、休業させられている期間の全部又は一部について賃金の支払いを受けることができなかった被保険者と非被保険者に支給される。

　ところが一方で、世の中には労働基準法という法律があり、その第26条では、使用者の責めに帰すべき事由による休業の場合は、休業期間中平均賃金の60％を支払う義務がある。これが休業手当であり、今回のコロナ禍による休業が、どこまでが使用者の責めに帰すべき事由なのかは判断の難しいところであるが、少なくとも使用者の責めに帰すべき休業も新たな休業支援金の対象であることは間違いない。全部がそうとは言えないが、少なくとも一部がそうであることは間違いないのである。ということは、少なくともその部分については、使用者に支払い義務があるのに支払わないために賃金の支払いを受けることができなかったというのであるから、使用者の法違反状態を前提とした給付設計になっているのである。

　さらに考えると、今回の法律によって労働者が休業支援金を受給したからといって、使用者の休業手当支払い義務が消滅するかといえば、そうではない。とはいえ、では労働基準監督官が臨検監督に行って、休業支援金を受給した労働者に休業手当を支払えと是正勧告できるかというと、これもなかなか難しい。法律上の権利義務関係からいうと、使用者は未履行の休業手当を支払うべきである。しかしそうすると、労働者は国と使用者から二重に休業補償を受けることになる。しかも、休業支援金の支給要件確認書を見ると、事業主に休業手当の不支給を確認させている。確認させているということは、行政が休業手当の不払いを公認しているということである。むしろ、休業支援金を受給させながら休業手当を支払えば、不正受給として3倍返しだという注意書きまである。使用者は労働基準法に基づいて休業手当を支払わなければならないが、一方で3倍返しという制裁でもって払ってはならないと命じられているという究極のダブルバインドである。

　もっとも、厚生労働省のホームページを見ると、休業支援金のページの一番下の方に、まずは雇用調整助成金のご活用をご検討下さいと書かれている。せっかく法律まで制定して作った制度なのであるから、本来ならできるだけ活用して欲しい制度であるはずだが、一方でできるだけ使って欲しくない制度でもあるという、政府としてもアンビバレントな制度になってしまっているわけである。とはいえ、こちらも7月に申請の受付を始めてから申請が急増しており、12月半ばには申請77万件、支給決定65万件に達している。

　

（参考1）雇用調整助成金の支給実績

　

　

（参考2）新型コロナウイルス感染症対応休業支援金・給付金の支給実績