『中央公論』2026年8月号
特集・老いの流儀
「70歳就業」が当たり前の時代も遠くない
日本型雇用システムと定年制のゆくえ
定年とは何か?
まず読者に問いたい。定年とは何か?日本政府の英訳では"mandatory retirement age"とある。これをそのまま訳して強制退職年齢と答えたら間違いだ。なぜなら、高年齢者雇用安定法により、定年は60歳でも、その後65歳まで希望者全員を継続雇用することが義務づけられているからだ。2020年改正で、さらにその後70歳まで雇うことが努力義務とされている。つまり、退職が強制されうる年齢は65歳であって60歳ではない。では、なぜ希望者全員が引き続き雇われる60歳が定年と呼ばれるのか?65歳を定年と呼ばないのか?ここには、定年制をめぐる建前と本音と虚と実とが複雑に絡み合っている。
端的に言えば、今日の日本において「定年」という言葉は、年功賃金制の下でひたすら上がり続けて定年直前には相当の高給になった中高年社員を、本来あるべき賃金水準に引き下げて雇い続けるための区切り、いわば処遇の精算年齢という意味になってしまっている。
建前を捨てて本音で語れば、企業にとって多くの中高年社員に支払っている賃金は、その貢献に見合わない高給になっている。そこで、定年を過ぎた瞬間に新たに再雇用された非正規労働者という立場に置くことによって、労働条件の不当な引下げだという異議申立てを封じようとしてきた。
もっとも、異議申立てを完全に封じることはできない。実際、長澤運輸事件最高裁判決(18年6月1日)では、定年前と同じトラック運転手の仕事をしながら賃金を3割引き下げられたことが争点になり、最高裁は定年後再雇用であることを考慮して、一部手当を除き不合理とは認めなかった。近年の名古屋自動車学校事件では、高裁判決(22年3月25日)が基本給を年功給であるとみなし、定年時の6割以下に下げることを不合理としたが、最高裁判決(23年7月20日)は破棄差戻しとした。差戻し高裁判決(26年2月26日)は基本給は職務給の性格が強いとして再度不合理と判示した。
定年と継続雇用上限年齢のこれまでとこれから
このように、今日の日本における定年という言葉は大変ねじれているが、本来の意味での定年、つまりそれを定年と呼ぼうが継続雇用の上限と呼ぼうが、企業が労働者を引き続き雇い続けるべき上限年齢に着目すれば、それは長い時間をかけて徐々に引き上げられてきており、今後もその趨勢が続くことが予想される。改めてその歴史を振り返ってみよう。
日本型雇用システムの原型が大企業セクターに成立するのは第一次世界大戦後の時期であり、学卒時から長期雇用するいわゆる子飼いの本工について、概ね55歳の定年制が普及した。しかし当時は雇用保障という意味合いはなく、定年退職までたどり着く労働者はほとんどいなかった。
日本の企業に定年制が広がったのは終戦後である。これは、全国で解雇をめぐる争議が頻発しており、過剰人員を整理解雇という形をとらないで退職させることができたからである。一方、定年制の導入は雇用保障という意味で労働側の要求事項でもあった。そこでは定年制の導入は、定年到達までは解雇させないという意味合いを持っていた。人員整理のさなかで、使用者にとっての雇用終了機能と、労働者にとっての雇用保障機能とを、同床異夢的に組み合わせた制度としての戦後定年制が生み出されたといえよう。1950年代前半に裁判例として解雇を制約する法理が形成されたことも、定年制の雇用保障機能を高めることになった。
1954年の厚生年金保険法改正により男子の支給開始年齢は55歳から4年ごとに1歳ずつ引き上げられて、最終的には74年に60歳に到達することになった。これを受けて労働組合による定年延長要求が現れ、70年代には政府の法政策が本格的に動き出し、民間大企業を中心に55歳定年制から60歳定年制に移行していった。定年延長の立法化問題は、86年改正で60歳以上定年が努力義務とされ、94年改正で60歳未満定年が禁止され(施行は98年)、最終決着に至った。雇用管理調査及び就労条件総合調査による定年年齢の推移は図1の通りである。
出典:雇用管理調査及び就労条件総合調査。
その後の年金改正により支給開始年齢は60歳から65歳に引き上げられていくが、今度は政策の主力は定年の引上げではなく、定年後継続雇用という形をとっていくことになる。1994年に65歳継続雇用の努力義務、2000年に高年齢者雇用確保措置(定年廃止、65歳定年、65歳継続雇用のいずれか)の努力義務、04年にその例外(労使協定による対象者限定)のある義務化、12年に例外なき義務化と進められていき、今では本来定年と呼ばれるべき強制退職年齢は65歳となっている。そして20年には70歳までの就業確保が努力義務とされた。
65歳までの雇用の内訳の推移は、高年齢者雇用状況等報告によれば図2の通りである(対象企業規模に変化があるので、厳密には接続しない)。70歳までの努力義務とともに、65歳定年が顕著に増加し始めている。
出典:高年齢者雇用状況等報告
もっとも、雇用の出口は定年や継続雇用の上限だけではない。それ以前に退職して他社に再就職するという人も少なくない。高齢者雇用政策は内部労働市場への介入に偏る傾向がある。以前から高齢離職者に対する再就職援助の努力義務も存在し、車の両輪となっていたのだが、注目する人はほとんどいなかった。
一方、07年には募集・採用における年齢制限の禁止規定が設けられ、一見すると日本も年齢差別禁止法制を有しているかのように見えるが、入口から出口まで処遇・昇進その他すべてが年齢に基づいて動いている日本企業において、玄関先だけで年齢差別を禁止したところでほとんど実効性がないのは明らかである。
以上は民間企業の話だが、公務員の世界はその矛盾がより明確に露呈している。21年の国家公務員法改正では、強制退職年齢を素直に定年と呼び、定年を段階的に65歳まで引き上げるのに伴い、60歳を過ぎたら管理監督職から降任させ、一律に給与を従前の7割に削減するという規定を設けたのである。
かくも年齢差別そのものの制度を導入しなければ65歳まで雇用を継続できないほど、公務員の世界は年功序列に満ちあふれているということであろう。1947年に国家公務員法ができたときには、職階制という徹頭徹尾ジョブ型の人事管理システムが予定されていたのだが、今は影も形もない。
人手不足というもののシニア人材の需要は多くない
近年の日本は人手不足だと言われるが、2026年4月の有効求人倍率は1.18倍で、高度成長期やバブル期に比べればそれほど高いわけではない。もっとも、専門・技術職1.63倍、サービス職2.48倍、輸送職1.99倍、建設職4.69倍など専門職や現業職はかなり人手不足であり、逆に事務職は0.38倍となお人余りである。
一方、今日では募集・採用(のみ)で年齢差別が禁止されているため、年齢階層別求人倍率のデータはとれなくなったが、かつてのデータを見ると、1966年には、10代は2.0倍、20〜30代は1.0倍、40代は0.8倍、50代は0.1倍であったし、1996年には15〜29歳は0.98倍、30〜44歳は1.35倍、45〜54歳は0.60倍、55〜59歳は0.27倍、60歳以上は0.09倍と歴然たる差があった。前述のように入口から出口まで処遇・昇進その他すべてが年齢に基づいて動いている日本企業においては、本音ベースではあまり変わっていないであろう。それゆえ、ハローワークの支援・紹介で60歳以上の者を雇い入れた企業には、特定求職者雇用開発助成金として60万円が支給される制度が続いているのである。
政府は2018年に「年齢にかかわりない転職・再就職者の受入れ促進のための指針」を策定し、必要とする職業能力の明確化などを呼び掛けているが、そのこと自体が日本企業の根強い年齢主義を示しているともいえる。よほど専門性の高い者は別として、事務職や事務職と変わらない「管理職」の中高年サラリーマンにとっては、人手不足どころかなお人余りの状況が続いているのが実情である。
ここで「管理職」という言葉が出てきた。26年4月の管理職の有効求人倍率は0.79倍で全体よりやや低い。これは、日本企業における「管理職」が、欧米諸国のようなマネジメントの専門職というよりは、事務職等の年功報酬的社内地位であることを反映している。この点については近著『管理職の戦後史』(朝日新書)で詳しく述べたところだが、処遇のために管理職となった中高年事務職サラリーマンは、社内的にもむしろ厄介者扱いされ、人手不足が言われる今日においても、黒字リストラの対象となっていることが、マスコミで繰り返し報道されている。26年4月の東京商工リサーチ発表によると、25年に電気機器、化学、機械等の有名企業で中高年の早期・希望退職が2万人を超える高水準に達したという。
このように、高齢者雇用問題はその直前の中高年社員の問題と密接不可分である。中高年社員の貢献と見合わない高給がその原因なのだが、それがなかなか是正できない理由は、1970年代以降急速に普及した職能資格制度にある。
それまでは年功賃金の理由は端的に妻子を含めた生活費を賄うためであったが、勤続とともに「職務遂行能力」が上がったから昇給するのだという、半ば虚構の説明でごまかしてしまった。
そのため、企業が当該中高年社員を能力が上がったから昇給させたと言っている以上、実はそれは嘘で能力が低いから降給するとは言えなくなってしまい、1990年代以降、能力は高いけれども成果を上げていないから下げるのだという理屈で引き下げてきた。だが、それで働く意欲が高まるわけではない。
日本企業が年齢主義を維持する限り、中高年の処遇は問題であり続けるであろう。
いずれは70歳就業社会に?
前述したように、2020年の高年齢者雇用安定法改正により、企業には70歳までの就業確保措置が努力義務として課された。この「就業」にはフリーランスやボランティアまで含まれており、将来義務化された場合には法的に疑問も生じうるが、現在までの施行状況を見ると、着実に70歳までの雇用が拡大しつつあるようだ。
21年から5年間の6月1日現在における状況を、毎年厚生労働省が発表している「高年齢者雇用状況等報告集計結果」で見よう。この5年間で、70歳までの就業確保措置を実施している企業の割合は、21年の59,377社(25.6%)から25年の82,748社(34.8%)へと着実に増加している。
出典:高年齢者雇用状況等報告
そのうち定年廃止は9,190社(4.0%)から9,367社(3.9%)とほとんど変わらないが、定年引上げは4,306社(1.9%)から6,037社(2.5%)へとやや増加し、継続雇用制度の導入は45,802社(19.7%)から67,212社(28.3%)へと大幅に増加している。ちなみに創業支援等措置は79社(0.1%)から132社(0.1%)で僅かなままである。
この34.8%という数字を見ると、70歳まで働ける企業が着実に増えてきていることが分かる。もっとも、大企業はそれよりもかなり低い水準にとどまっているが、この間の上昇も大きなものがある。
301人以上規模企業で見ると、70歳までの就業確保措置全体で21年の17.8%から225年の25.5%に増加し、うち継続雇用制度の導入は16.6%から24.0%へとその大部分を占めている。
なお、26年4月の日本成長戦略会議に提出された「分野横断的課題への対応の方向性」には、「70 歳までの高年齢者就業確保措置の実施率 2025年:34.8%→ 2029年までに40.0%」というKPI(数値目標)が示されており、これがそのまま成長戦略に盛り込まれることになると思われる。
来たる「70歳就業社会」を見据えて、政府や企業、労働者も今から対策を練る必要がある。
高齢女性の働き方
ここまでの議論は男女ともに当てはまるが、主には男性を想定してきたことは否定しがたい。今や無視できなくなった中高年女性の状況についても触れておこう。
男女雇用機会均等法施行以前の日本企業では、女性は男性とは全く別のカテゴリーに属した。男性は新卒一括採用から頻繁な人事異動を繰り返して昇進していき、定年退職する。女性は新卒一括採用後ほとんど異動せず、社会規範として結婚退職した。女子結婚退職制や女子若年定年制が一般的であり、教師や看護婦等ごく一部の職域を除き、女性が子供を育てながら働き続けるという姿は見られなかった。結婚退職した女性が、子育てが一段落して働こうとすると、パートタイムかせいぜい派遣しかなかったのである。
1985年の男女雇用機会均等法とその1997年改正、1991年の育児休業法とその後の累次の改正によって、日本企業は女性を採用・処遇するようになってきた。20世紀には女性管理職は稀だったが、1000人以上企業における役職者割合を2024年で見ると、課長で男性8.06%、女性2.53%、部長で男性3.68%、女性0.61%と、それなりに増えてきている。
今、均等法第一世代の女性たちが定年後再雇用のフェーズに移行し、第二世代の女性たちが上級管理職に到達しつつあるが、その問題は上記男性高齢者、男性中高年とそれほど異なるわけではない。
しかし一方、男性は60歳定年に至るまで圧倒的に正社員が多いのに対して、かつての男性並みに勤務時間や勤務地に制約のない働き方について行けない女性は、中高年期を通じて徐々に非正規化してきている。そして、内部労働市場における定年と継続雇用に集中する日本の高齢者雇用政策は、非正規雇用のまま高齢化する彼女たちを対象とすることがない。形式的には同じ非正規労働者とはいえ、定年後再雇用の男性及び一部の女性が中高年期の「能力」プレミアを削ったやや低めの正社員賃金であるのに対し、中年期から引き続き非正規の女性及び一部の男性は最低賃金プラスαの低賃金のまま更新を繰り返し、多くの場合年齢を理由とする雇止めに至るのである。
こうした性別や雇用形態による格差は、高齢者雇用の問題としても引き継がれており、その対策を考える必要があるだろう。
氷河期世代問題
男女格差に加え、もう一つ考えるべき点について最後に触れておこう。高齢者雇用の問題は、いま定年前後を迎えている世代に限った話ではない。なかでも考えるべきなのが就職氷河期世代の存在である。
いわゆる就職氷河期世代とは、1990年代後半から2000年代前半にかけての不況期に、それまでであれば正社員就職できていたはずの新卒者が、急激に収縮した企業の採用枠からこぼれ落ちてしまい、やむなくパート、アルバイト等の家計補助的低賃金の非正規労働者として働かざるを得なかった世代であり、概ね団塊ジュニア世代に対応する。彼らはその後の景気回復期においても、その当時の新卒者が優先的に正社員採用されるのを横目に見ながら、なかなか非正規労働から脱却できなかった。そのため、この間30年近くにわたって、政府は断続的に氷河期世代対策をとり続けてきた。ごく近年も、25年から就職氷河期世代等支援に関する関係閣僚会議が開催され、去る26年4月に新たな「就職氷河期世代等支援プログラム」が策定された。
かつては若者であった彼らも、30年後の今では中高年に達し、高齢期も目の前に迫りつつある。それゆえ同プログラムも、就労・処遇改善に向けた支援、社会参加に向けた段階的支援と並んで、高齢期を見据えた支援という項目が立てられている。具体的には、家計改善・資産形成の支援、高齢期の所得保障、住宅確保の支援等である。これらは内容的には一般の貧困対策であるが、それを30年前の不況期で生み出された一世代への対策として今日なお政府が進めなければならないという点に、日本型雇用システムのもたらすメリットとデメリットの鮮烈な対照が浮かび上がっている。
いうまでもなく、氷河期世代でも収縮した正社員枠に何とか潜り込んで、その後安定雇用と年功的賃金上昇を享受してきた者は多い。あまり指摘されないが、就職氷河期はちょうど男女雇用機会均等法改正により企業が女性総合職を本格的に採用し始めた時期とも重なっている。その意味では、氷河期世代とは勝ち組と負け組の落差が極大化した世代であったと言えるかもしれない。そして、内部労働市場が精緻に組み上げられる一方で外部労働市場が発達不全の日本社会では、いったん企業の正社員枠に入り損ねた者は敗者復活の機会が乏しく、非正規労働のままで中高年になり、高齢者になることが少なくない。
高度成長期までの日本社会では、妻子を養う正社員の家計維持的年功賃金と、主婦パート・学生アルバイトの家計補助的低賃金の組み合わせという社会学的安定装置がうまく作動していた。ところがその後、男女とも家族状態によらず生計維持的賃金を稼得できる社会への転換が求められたにもかかわらず、労使双方の保守的対応により必要なシフトチェンジに成功できなかったことが、今日なお氷河期世代問題が政府を悩ませ続ける原因の一つであろう。
そしてこの課題は、就職氷河期世代の後に続く世代も直面するものである。働く人すべてがいずれ高齢者となる。高齢になってからの働き方は、対岸の火事ではなく、全世代が向き合うべき問題である。